第12話 聖域の魔物

 女性は青色の樹の実のような何かを湖につけると、たちまち水色になったという。それは湖のように透き通った水色で宝石のように輝いたという。

「さあ、食べても飲んでも良い。私からの選別だ」

「はい、ありがとうございます」

 そう言いながら口に含むと、たちまち芳醇で甘い香りと肉厚な感触が口いっぱいに広がる。

「美味しい」

「それは良かった。客人をもてなすなど久しぶりであるから安心した」

 食べながら話を聞くと、この人に見える魔物はパシファと名乗り空から堕ちてきたという。

 しかし、堕ちてきたタイミングが悪くって魔物と間違われたために逃げるようにこの地域にやってきて、今は匿ってもらいながら生きているという。

「つまり、厳密には魔物ではないと」

「そうだな。正直言えば人かも怪しいがな」

「どうして、匿ってもらっているんですか」

「なんだ、そんな事も知らないのか。わたしは『災害を起こそうと思えばいつでも起こせる』からだよ」

「そんな馬鹿な……」

 そう思った時だ、目の前の光景に恐怖した。燃える森、火を噴く湖、動物たちの悲鳴が方々から聞こえる。

「息が……」

「どうだ。これが私の力だ。この位まで制御できるようになるのも随分時間がかかったが、どうにか……」

「た、助け……」

「何じゃ、情けない」

 パシファは直ぐに魔法を解除する。苦しむ勇者候補を殺さないようにしたためである。するとたちまち普通に息も出来るようになり、森も泉も普通の光景に戻ったという。

「本物なんですね」

「人の身でありながらこんなことを出来る。だからこそ私は魔物と言われて追われた。正確には、堕ちて来た場所にいた民族に利用されるところを振り切って逃げる際に、何万人と命を奪ったからどの道追われる身となり、別の民族に助けを求めた」

 正直この状況で人かと言われたら怪しいかもしれない。だが、そもそもこの世界には魔法がある。ならば十分魔法の素質が桁外れに強い存在なら可能ではないか。そう気になるのだ。

「さて、そんなことより早く見せてもらおうじゃないか」

「何をですか」

「一つは供物。聖域の守護対象のための踊りや食事です」

「メルビー」

「はい、海良様」

「お主、見ない顔だな」

「初めまして。現王様の娘、第四王女のメルビーでございます」

 その言葉を聞いた時にパシファは面白そうに笑いだした。

「ははは、あの子供か。この湖で我に怯えてお漏らしした赤ん坊が今や大人か。ははは、時の流れとは速い物だ」

「メルビーそうなの」

「記憶が無いのでそこまでは。ですが、人をからかう事も娯楽、何より王族をからかう事で処刑されないだけの存在など聖域の守護対象ぐらいですから恐らく本当の話です」

 さらりと凄いことを言っているが、まあこの場合きっと正しいのだろう。そして、だからこそ目の前の対象もそれだけ凄い存在なのだろう。

「さて、王族がちゃんと来たようだから今からこの男は我への供物。それでいいのだな」

「え?」

「はい」

「は?」

「さて、じゃあ我が望むのは」

「ちょっと待って」

「何か踊れ。ただし、我の知らない踊りにしてくれよ」

 勝手に話が進むためか勇者は時々困惑して助けを求めたが、メルビーは何も語らない。暗に踊れというだけである。

「はあ」

 なので、勇者は踊るのだった。

【中略】

「見事だ、確かにそもそも踊り慣れていないのを抜きにしても、物語の主役になろうと集まりそして実力を残した者たちの姿が目に浮かぶような踊りじゃ」

「お疲れ様です。海良様」

 踊り切った時、パシファは手を叩いてほめて、メルビーも駆け寄ってきて褒めてくれた。

「いきなり無茶言われてヒヤッとしたよ。せめてこういうことがあるなら説明してくれ」

「駄目じゃ」

 しかし、そこはパシファが駄目だという。

「我が見たいのは下手であろうと、我に今の全力を見せようとする姿勢。失敗しても何でもよい。だが、その失敗を恐れて一番最初から小細工しようとするのは嫌だ。努力は別だがな。だからこそ、王族にも供物の内容は毎回違う物にするように伝えておる」

「食事だけはどうしても必要ですから例外ですが、そうですね。前回は芸術家を呼び寄せて絵画を描かせて、その前は武闘大会の上位十名を呼んで戦闘でしたっけ」

「あれは楽しかった。芸術家は正直期待外れだったから少し手ほどきをしたが、傭兵や武闘家たちは我のみ魔法を封じる縛りの上とはいえ互角に戦えて素晴らしかった」

「そのせいで、芸術家の方は王族に顔向け出来ないと作品をすべて父上に献上して今は表舞台から消えました。傭兵たちもより更なる高みを目指さなくてはいけないと聖域の戦闘関係の仕事や超危険な冒険者統治機構の発令する仕事ばかり受け付ける命知らずになりましたがね」

 なんだそりゃ。勇者はその時そう思ったと言われている。まあ書いている自分も中々突拍子もない話だとは思うが。

 それだけ影響力がある存在という事か。

「あの、何で俺許されたんですか」

「お主が王族の用意する踊り子たちと比較すれば下手糞どころか児戯どころではない程劣っているのなどは想定済みだ。求めたのは見た事のない踊りをやっておるかだけだからのう」

 本当にひどい基準ではないかと思うが、まあ異世界から来る勇者への求める物はそういう事か。

「さて、では最後に『勇者としての適格』なのかを見ようではないか」

「!」

 そう、そもそも今回来たのは勇者としての試験のため。その内容は確かに供物を届けるだけだから達成したとはいえる。だが……それは冒険者統治機構が認めるだけで「パシファが認める事とは別」だ。

「お主の勇者として守りたいもの、それを言え。そしてそれを守り続けると約束しろ」

「それは……」

「ただし、聖域の魔物、聖域の守護対象と言われる私との約束だ。破ればどうなるか、分かっておるな」

 メルビーはやはりこうなったかと少し焦ったという。確かに自分が連れてきたことだが、無茶なことを言われて落ちるか、最後の試験にも有利になる結果を得られるかの博打。その程度で来てみたらこれだから、彼女は失敗したと既に思っていたらしい。だが、思ったより勇者は落ち着いていた。

「仲間の幸せを守ります」

 勇者はそう言った。そして、メルビーもパシファも目を丸くする。

「え」

「それは」

「もしかしたら難しいし、約束を破るかもしれません。でも、今よりはきっと幸せにしてみせます、そこだけは譲りません。」

 それを聞いて、彼女は本当に大笑いをしたという。

「はー、は、ひー、ひ。なんという大ほら吹きだ。こんな奴見た事も聞いたこともない。仲間を幸せにする? よく言う。今の生活さえ自分一人では成しえていないというのに。あらゆるものが全て他者から与えられたり、意図とは別に得られた力だったり、要するに『お前自身の動き』と言えるものが足りないのに」

「……」

「だが、恐らくお主ならなしえるだろう。そう信じようではないか、そこを曲げると私が私自身の否定さえ間接的にしていることになるかもしれないからな」

「え?」

 その意味はまだ分からなかったという。だが、少なくとも次の言葉でメルビーは察したという。

「厳島海良を勇者として私は認め、また聖域の守護番人として適当であるとも認めよう」

「待ってください! 守護番人っていったい何処の」

「安心しろ。こ奴の住んでいる村から動くことはない」

「どういう……! まさか!」

「ふふふ、近いうちに面白いことが起こるぞ。楽しみにするんじゃメルビー」

 海良はまだ首をかしげるだけだが、メルビーは顔を青ざめさせた後直ぐに覚悟を決めたような顔をこっそりしていた。

 それを見て、パシファは何か手を回して光を発生させると、それを振りかける。

「16人」

「え?」

「探すのだ。16人の花嫁を。まあ、既に候補は過半数集まっておるようだが、そうすればその光を分け与えることで16人とお主自身に祝福をもたらすだろう」

「はあ」

「ではな。どうやら外では大騒ぎが起きておるようだからそろそろ帰さないと外の者たちがかわいそうだ」

 そう不穏なことを言った瞬間、二人は意識を一瞬だけ失い意識が戻る。すると驚きの光景が広がっていた。

「どういう事や! あの二人は何処にいるんや!」

「『解読中』」

「それより、まずはこの魔物たちを止めなくては!」

「供物の食べ物も無くなっているのだから、恐らく神隠しだとは思うのだが」

「『解読中』」

「海良! 無事でいて!」

 ベリメ、ナエシエ、アラエ、テノサ、パムラ、そして何故かその五人を襲う宴の際にいの一番に部屋に戻った奴隷。

 一緒について来た傭兵の人たちも魔物と戦っている。そこら中に魔物と人間の死体が転がる戦場が広がっていた。

「皆、これは」

「『解読中』」

 メルビーが何か言った瞬間。すぐさま魔物たちは動きを止める。そして、メルビーに従う様に視線を向ける。

「! ボス!」

 ナエシエが海良に気が付くと、すぐさまみんなが集まる。

「どこ行っていたの⁉ 海良にメルビー二だけじゃなくって奴隷の人達もいないと思って探していたら、突然魔物が襲ってきて大変だったんだよ!」

「とりあえず、話を聞かせてくれるかな。メルビー王女」

 テノサが鋭い目で、何か石を渡すと同時にメルビーも顔を顰めて返事をする。

「緊急事態です。すぐさま今いない奴隷の四名を探してください。詳しい内容は場所を移して」

 それから始まってしまうのであった。帝国の密偵探しという眠れない夜が。

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