第7話 勇者と認められる前の英雄譚

「だからやらん言っているやろ! なんで関わろうとするんや!」

 村の中でそんな悲鳴が響き渡る。一つはこの村に滞在するベリメという商人の声。そしてもう一つは。

「どうか我々の導きのために、力をお貸しください」

 アラエの声だった。

「うちは聖職者様と違うんや! 人を導くだのなんだのに興味はない!」

「あなたはあの海良様が見初めたお方です。であれば」

「見初めたなんて意味深な言い方するな! 別にあいつの顔には恋愛的な感情無さそうやったぞ! なのになんであんたはそんなにうちにからむんや!」

「他の方を導きたい。その気持ちは変わりません。ですが同時に、私も導いて欲しいのです」

「はぁ?」

 その言葉に、ベリメは胡乱な顔をしたようだがアラエの話を聞く。天動説が否定されて、自分が今まで信じていたことにより間違った教えや罰を与えたことが露見したこと。

 聖職者として間違っていた自分を、それでも拾ってくれた海良に尽くして恩返しと贖罪をしたいことを。

「はあ、どうでもええ」

「なっ」

 だが、それをベリメは否定した。

「信じる物が何かなんて、そんなもの自由やけれど他人にぶら下がるなんて絶対私なら嫌や。あんたが今は海良に従うのは自由。でも最後に決断するのは絶対に自分や。だから……」

「面白い話をしているな。私も混ぜてくれ」

「ベリメちゃん」

 聖職者と商人の会話に魔法使いと村娘も加わる。

「テノサ……パムラも」

「おや、私は名乗った覚えはないのだが」

「パムラに聞いた」

「うん、村の人達の事色々教えたの。名前も分からないと困ると思って」

「で、別に魔法学校のお偉い様と話すような事は無いんやが」

「いや、私は今魔法学校の教員ではないぞ」

「は?」

 その言葉にベリメが驚いたような声をあげる。そして、彼女に説明がなされる。

「正確には教員職の長期休職を申請したんだ。この村で学ぶ方が今の私には必要だと思ってな」

「……あほらしい、一体この村で何を学ぶんや」

「村じゃない。海良からだ」

「は?」

「あの領主から何か学べるのではないか。そしてそれが何か新しいことを見つけるのではないか。そう思い、私は今この村に滞在させてもらっている」

「変な奴やな」

 ベリメはそう返事をしたという。

 

 

 それから、ベリメは村中を歩き回り海良のうわさを聞きまわったという。

 評判は良い物だった。前の領主が悪すぎたのもあるかもしれないが、村人たちはまだ成果を出していない海良でも温かく迎え入れていた。

 それを見て、ベリメは少し困惑していた。

「ベリメ」

「頭領様」

「暗殺、出来るだろうな」

「はい……」

「『解読中』の魂にかけて、成し遂げるのだぞ」

 そう言われたのだから。

 そしてその夜、領主の館にベリメは音もなく簡単に侵入したという。それはまさしく魔法のように誰にも気が付かれずに侵入したと言われている。

 だからこそ。

「何している」

「!?」

 ベッドのそばに近より、刃物を持って高くそれを持ち上げる彼女の姿は異様だった。

「なるほど、偽人形って訳」

「ベリメだよな。今村長に村の全員起きているか確認に行かせている。今夜は何か起きるってアラエが何か神託を受けたみたいだから罠を張ったらこういう事か」

「それで、私がその話を知らないのは」

「信じたくなかった。今もマスクで顔を隠しているから」

「嘘つくな!」

 そこで彼女は声を大きく発した。

「勇者の可能性がある奴や目指す奴が私達を信じようなんてことするはずがない! 私は、暗殺部族『解読中』の末裔だぞ!」

 そう言って、ベリメは声を張り上げる。

「もう良い、話しても無駄だ。どうせお前は通訳なしでないと何言っても伝わらないんだ。だったら通訳される前に全員殺しちゃえば」

 そう言って、彼女の凶刃が向けられた。だが。

「止めて!」

「!」

 刃物が首をとらえる寸前、彼女の手が止まる。そして彼女は窓を破って外へ逃げ出したという。

「私が後を追う」

 テノサとアラエが走って彼女の後を追う。そして海良はベリメの刃を止めた少女に向き合う。

「どうして前に出た。パムラはお世辞にも戦えるわけじゃないだろう」

「私だって出来ることはありますよ。それに、ベリメちゃんのことは分かっているつもりなんです。だから助けてあげてください」

 彼女はこの時こうお願いをしたという。しかし、それを許さないのが『解読中』である。

「全く、私は多人数を相手には守ってくれる人がいないと弱いのだがな」

 どうにか魔法で迎撃するが、『解読中』の戦闘員によってテノサは苦戦を強いられていた。

「アラエ。間違ってもその魔法の中から出てくるなよ」

「はい」

「弱い。自分の弱さを理解していながら戦いの中に身を投じる。その愚かさが分からないとは。魔法は眼を曇らせる。まさしくその通りだな」

『解読中』の頭領とも言うべきその女傑はそう締めくくったという。

「生憎私は研究者でね。戦闘は確かに苦手さ。でもね、その子は私たちの信じる勇者かもしれない人が見つけた大切な仲間かもしれない奴なんだ」

「仲間、冒険者はよくそう言うな。魔法学校もそうだ……眉唾な概念だ」

「……」

「『解読中』にとって同族は敵であり味方であり道具。だからこそ目的のためには何でもする」

 その言葉と同時に、少女たちは二人の少女の体を首輪に繋がった鎖や猿轡で固定し始める。一方でそれに参加していない少女二人が何か饅頭の様な物を細かくちぎっている。

「おいおい、そりゃあ無いんじゃないのか。」

 二人の少女が他の少女の体に何かを食べさせる、そして数分後には鎖に縛られた少女は異形の怪物に変異して襲い掛かって来た。

「あれは……魔毒浸食。まさか」

「ああ、意図的に魔法中毒を第三者に引き起こしているな。しかもそれを操って襲わせている」

 魔法中毒。本来は魔法を使うのに必要な魔素だが、ある一定以上の濃度になるまで体内に取り込むことで逆に毒となり中毒症状を起こす事である。

 そして、それがある種の凶暴化などと合わさり周囲に危害を及ぼす現象を魔毒浸食と呼ぶ。これらはこれを執筆している際に定義された、現在の考え方であるが治療法が徐々に見つけられることでコントロールも出来るようになった今と違い、この頃は当然コントロールすると言ってもこのように一部の部族が戦闘に悪用するだけである。

「確かにお前達にはこれでは足りないようだ。まさか二体も用意したのに耐えうるとは」

「そりゃあどうも」

「ならば、ベリメ。お前が食べなさい」

「! やめ!」

「……ごめんって伝えてくれや。パムラに」

 少女は迷いなくそれを食べる。しかもさっき食べさせられた二人より大きい塊を。魔法使いと聖女は絶望する。少女の体がブクブクと沸騰したように膨れあがり巨大化、肥大化する。そして……。

「『解毒』」

 たった一言。それだけで元に戻る。

「え、何で」

「! これは」

「と、頭領!」

「どういうことだ」

 女傑は叫ぶ。そしてそれに反応するのは。

「やっと追いついた」

「ベリメちゃん!」

「何で」

 一人の勇者と村娘の姿だった。

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