第9話 神聖なる森1
サルバーン国がオルギウス王国に戦争で負けた。この情報はあっという間に周辺諸国に広がっていった。何せ、ただ戦争に負けただけではなくオルギウス王国は国境付近の村を少し攻撃されただけの報復として攻められたという噂が広がったためである。
しかし、倭国と言う転移したばかりの国が関わったという情報は広がることはなかった。
「とりあえず、今回の戦いで周辺諸国に自衛隊が関与したという情報が流れることはありませんでした。当然倭国が砲撃に参加したことも、軍が倭国の人間だという情報もオルギウス国王が箝口令を敷いてくださったことでまだ誰も知らない」
「でもさあ良いの、兄貴としては。自衛隊の戦果を丸ごとオルギウス王国が手に入れたように見えているんだろ。サルバーン国の自治権も倭国と共同で行おうという話だって出ていたのに自ら放棄したみたいだし」
「倭国が属領統治など出来る訳が無いだろう。覇権国家でないのだから反対意見が沢山出るに決まっている。それに、まだ本国では異世界転移したこと自体まだ情報が隠されているんだ。もう少し交渉できる国が無いと判断がつかない。それに、オルギウス王国だけでも気が付いているのであれば十分だ」
「十分って、何が」
「我々の軍事力の水準が、この国の平均的な水準と比較してどの程度にいるのか」
「?」
そんな話をしながら、俺達は馬車に揺られてオルギウス王国より北西に向かった山間の中にある森林地帯に向かった。
「ここから先は森の民の領地でさあ、俺はもう案内できんべ。帰りのために予定した村に馬車は止めておくから、そこまでは何とかしてくんれ」
「分かりました。ご厚意ありがとうございます」
そう馬車の主と兄貴が話しているのを聞きながら、俺はアルテアに質問した。
「大丈夫そう」
「ああ、問題ない」
全然問題ありそうな声で、彼女はそう返事した。
「行こう、ここから先は私の案内に従ってくれ」
そう言って、アルテア先導の元俺達倭国の外交官やオルギウス王国の兵士(護衛)に、俺こと笠松軍が向かったのはエルフの住む神聖なる森。話に嘘が無ければ、アルテアの故郷である。
「手紙を出したら、帰って来るなって言われたんだよね」
「ああ」
「大丈夫なの、それでも道案内頼んじゃって」
「こうなっては私も話をするまで納得は出来ない。そのためだから問題ない」
なんだか出会ってまだ半月程度だが、彼女に対して今俺は猛烈に不安を感じていた。彼女を突き動かしている感情が、何によるものか分からないが悪い方向に向かわないか。
「Utoi!」
「Komoni anosis! Tete!」
「Nithko azo seriteet Elf ni qouit moncc! Dobusk buzl!」
「待て! 私だ、アルテアだ! 弓を構えないでくれ!」
その時だった、頭上から三本の弓が放たれたかと思うと警告するように三人の人たち(恐らくエルフ)が何か喋っているのを聞いて、アルテアがなだめたのは。
「Altea azo xothio」
「Foo iz?」
「HIsh azo dodo gowin et」
「その必要はありません」
その時だ、鈴のような声が遠くから聞こえたのは。そして、一人の女性がお供を連れてやってきたのは。そして、先ほどの弓を構えたエルフだけでなく、アルテアも膝を地面につき頭を下げたのは。
「初めまして、私はソリエール。この神聖なる森の族長をしております。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか、戦略級魔法使いの方よ」
「軍、名乗るんだ。今呼びかけたのは軍に対してだ」
そうアルテアに言われた俺は、前に出て名乗る。
「笠松軍です。初めまして」
「軍、ありがとうございます。ではこちらにどうぞ、おもてなしの準備は出来ております」
そう言って、俺を引き連れて森の奥に進もうとした時だ。
「少しよろしいでしょうか、族長よ」
「Quetho! Inoco izeet!」
「かまいません。アルテア、何でしょうか」
アルテアが喋り始めた。その時武器を構えだしたお供をソリエールさんが制止する。そして喋っていい許可が下りたのを確認してからアルテアさんは喋り始めた。
「僭越ながら、私は倭国を見て、その思いを手紙にしたためて送りました。嘘は混ぜておりません。ですが、あのご返答はどういうことなのでしょうか」
「だからです」
「ど、どういう事でしょうか?」
「分からないなら分かるまで考えなさい。あなたに今必要なのは私達ではなく時間です。それまで森に入れるとは思わないでください」
「待ってください」
「しつこいです。これ以上喋らせないでください」
「……」
アルテアが発言することを止められてしまう。
「少しよろしいでしょうか」
兄貴この状況でよく話しかけられるな!
「何でしょうか」
「初めまして。倭国の外務省異世界緊急対策部で外交官をしております笠松奥儀と申します。軍の兄です」
「軍の、何の御用でしょうか」
「我々は、現在異世界に突如転移されたという特殊な状況で右も左も分からない状況です。なので、少しでも現地の方と友好関係を結びたいと考えているのですが、条約締結などを出来ない理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「我々は魔法使いでない種族などと公約を結ぶつもりはない。これは代々続く掟です。申し訳ありませんがお帰りください」
「ですが、弟の迎は必要です。これから定期的にこちらに伺ってもよろしいでしょうか」
「森に侵入さえしなければよいでしょう。ですが、それ以上のことをした場合、どうなっても私どもは知りません。では、行きましょう軍」
「え、ですが」
「行くんだ、軍。これ以上族長様の手を煩わせないでくれ」
「……」
アルテアに促されて、俺はエルフたちと共に森の中に進んでいった。しかし、彼女の悔しそうな顔だけが妙に顔に残った。
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