第三話 労働基準違反通告からの会社都合による退職

「はあ、結局ボスモンスターまたテイム出来なかった。収穫も会社に取られるし、嫌だなあ」


 私は獲得した荷物を背負いながら電車に乗って帰社していた。

 ダンジョンの中は時間が現実と同じ時間進むため、朝にダンジョンに潜った私の帰社の時間は夕方になっていた。

 打刻する時間まで後少しで残業申請をしないといけないため、社長に怒られる前にやらないといけない。


「ん? 何今の?」


 その時である。見えるはずのないものが電車の窓から見えて私の中の直感が何か警鐘を鳴らし始める。


「急ごう」


 そう思い、最寄り駅で降りると急いで会社まで走る。一般の人には早歩きだと思われる程度の速度で走る。


「うわ!」

「きゃっ」

「なんだ今の? 冒険者?」


 そんな声を尻目に私は会社が近くなるほど足が自然と速くなり、そして会社の前で愕然とした。


「どうして」


 会社に着くと、そこには迷宮省の役員や、警察が沢山来ていた。規制線も張られて、野次馬も何事かと様子を見ていた。


「な、何で」

「来たわね」


 そして、自分の前に見覚えのある人が現れる。

 黒髪に長髪。凛々しい顔で頼もしい女性である。


「火輪さん、どうして」


  迷宮省特務捜査本部、迷宮犯罪対策室課長。自分の知り合いでエリートと言える人がそこにいた。

 彼女は自分を見ながらハキハキとした声で伝える。


「久しぶりね。夕凪君」

「は、はい。それで、これは」

「ああ、これ。貴方の会社の立ち入り調査のためにね」

「立ち入り調査⁉」

「あなたの配信から通報があったのよ」

「通報?」

「あら、あなた気がついていないの。あなたの」

「おいこら夕凪!」


 そこで、社長の怒号が聞こえる。反射的に自分は挨拶をする。


「社長お疲れ様です」

「お疲れ様ですじゃねえよボケ!」

「え?」

「お前が配信したせいでうちの会社に立ち入り検査入ったじゃねえか! おかげで大損害だぞ!」

「え、な、何の話」

「お前とぼけるんじゃねえぞ!」

「連れて行きなさい」

「おい待て! 夕凪お前だけは絶対に……」


 そんな社長の訳わからない声を聞きながら、自分は火輪さんから驚きの事実を聞くことになる。


「あなたの会社に提出しようとしていた映像、配信されていたわよ」

「……は?」

「配信エリアは世界中。中には冒険者の外国語リアルタイム翻訳まで使えるような特別な人まで見ていたみたい」

「え? え?」

「最高同時接続数は一億人弱。世界中の一パーセントにあたる人があなたの配信を見ていたのよ」

「え、いや、リューは」

「さあ、貴方のテイムしたモンスターが関わっているなら寧ろそっちに聞けばいいじゃない。どうして流れている。いや、どうして流したのって」


 リューが裏切った? 指示に背いた? 何で?


「え? 何で、どうして」

「申し訳ないけれど、そのことについて貴方に事情聴取があるの。任意同行だけれど良いかしら」

「……はい」


 それからの記憶は殆ど覚えていない。気がついたら迷宮省に来ていて、そして自分はあの会社の違反行為について認識していた事を聞かれた。


・下級冒険者を階級に見合わないダンジョンに行かせたこと(自分の事)

・給与を不当に搾取、もしくは与えていなかったこと(自分含めて多数の社員に)

・休みを実態と乖離した日数で報告していたこと(自分含めて多数の社員に)

・税金の額について虚偽報告をしていたこと(自分は話には聞いていたが知らなかった)


 他にも沢山の違反行為があり、それにより会社はダンジョン探索資格の剥奪、有資格冒険者の雇用を停止された。


「じゃあ! 自分は無職ってことですか」

「それは済まないと思っている。勿論次の職に困るようでしたら、こちらから斡旋しますが」


 そう担当された調査官に言われても、自分もどうしたら良いのか分からなくて一旦保留にした。


「どうして、どうして」

「夕凪君。貴方に頼みがあるの」

「頼み?」


 廊下で呆然としていたところ、火輪さんが話しかけてくる。


「うちに、迷宮省に入らないかしら。これは私からの推薦よ。間違いなく貴方なら迷宮省でトップになることだって出来る。だから」

「ごめんなさい。それでも迷宮省にはまだ折り合いをつけられません」


 それは自分の過去の因縁。家族との問題。そして迷宮省が隠蔽した記録。


「あっ、それは」

「ごめんなさい」


 それを知っているからこそ、火輪さんはそれ以上何も言わず離れていく自分を追うことは無かった。




 迷宮省はその実、実はかなり早い段階で設立されていた。しかし、日本国民にその事実が公表されることは長い間無かった。単純にダンジョン関連の事件がまだ表に出ていなかったためである。


「おいしいね。千尋」

「うん、美味しい!」


 あの日の嫌な記憶は今でも覚えている。ハンバーグを食べていた夕食時のことである。


「ふぎゃあ! あああ!」

「あらあら、また飲みたいの?」

「赤ちゃん元気!」


 かわいい弟と妹の泣き声に母親が立ち上がり食事の席を離した時、お父さんが話しかけてきた。


「いいか、これからはお兄ちゃんとして千尋がしっかりするんだぞ」

「うん!」


 この頃は今思うととても明るいな。そう思っていた。

 そして、あの忌まわしい音が鳴る。

 

 ボフン!


「なんだ。今の音」

「あなた、調べてきてもらえる。私離れられないの」

「ああ。じゃあ千尋はご飯食べていてな」

「うん!」


 その言葉が最後に聞いた父の言葉だった。

 父は一階のリビングから庭に出て爆発音の理由を調べに行っていた。


「ふああ!」

「赤ちゃん大丈夫?」

「大丈夫。怖くないからね」


 その時だ。外からうめき声が聞こえたのは。窓が空いていたからこそ、赤ちゃんの声に引き寄せられた。


「うがああ」

「ひっ」


 変わり果てた父親が襲ってきたのは。この頃には知られていないが、魔素変質という病気である。

 要するに「モンスターに人間がなった」のである。

 原因はさっきの爆発。庭で人間には耐えられない魔素という未知の物質か何か分からない物が噴出したのである。


「千尋、この子たちお願い」


 母親にそう言われた後、母親は覚悟を決めた様子で父親に向かっていた。そして父親にガバっと掴むと外に押し出そうとした。


「うがああ!」

「あああ!」


 言葉にならない言葉を発しながら暴れ、そして母親に噛みつく父親を母は悲鳴を上げながらもどうにか自分達には近づけたいとしていた。

 自分はそれに何もできないでいた。


「ふああ!」

「あああ!」

「! 泣かないで!」


 そのタイミングでの赤ちゃんの泣き声はマズイと思いなんとかしようとしたが、自分にはどうにもならなかった。そしてドスンと音がした時には自分は絶望した。

「千尋、逃げて」

 魔素変質をしようとしている母親の最後の言葉。逃げてというその言葉は自分の呪いになった。


 ザシュ!


「対象無力化しました!」

「生存者確認! 子供が三名です!」

「まさか子供の前で鎮圧したのか。はあ、お前達」


 今思えば仕方ないのは理解できる。でも、あの時の自分には目の前の人達は自分の親を目の前で殺した人達だった。

 首の取れた父親と母親を前に、自分はその悪魔に手を握るしか無いのかと混乱した。


「迷宮省の火輪です。あなたを助けに来ました」

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