第一話 その者他愛ない外見に付き

 はあ、今日も仕事に行かなきゃ。そう思いながら、自分は机の中に常備していた栄養ドリンクを飲み干すと仕事場に向かうため荷物の中身を確認する。


「ナイフと、斧と、ピッケルと、採取袋に、定期券によし」


 回復薬やらその他の道具も入れたカバンを肩から掛けると私は会社から最寄りの駅に向かう。今日の仕事場に向かうためである。


「今日は御徒町のダンジョン。はあ、今日もA級だあ」


 駅のホームでタブレット端末を確認しながら、辟易とした声を上げる。私は今の会社に入ったことを猛烈に後悔している。そりゃあ出自が少し変わっているだけに、まともな職業には就けると思っていなかったけれど他のみんなと違ってブラック企業勤めだと嫌になるというものだ。


「やっと眠れる」


 電車の中は数少ない私の睡眠ポイントである。だからこの時間だけは夢の中に入る。そして舟をこぎながら思い出に浸るのだった。日本最初に現れたダンジョンに潜ってみんなと共闘した時の思い出を。一所懸命に生き延びようと訓練をしていた思い出を。そして、そうなるまでの自分の惨めだった一人の思い出を。そして共闘した後もずっと長い間一人でいた自分の孤独を。

 あの時みたいにまた、我武者羅に頑張れる日が来ないのかなって。


「あ、寝過ごしそうだった」


 駅を寝過ごしそうになったため慌てて起きて下車をする。端末を落としそうになるのをどうにか拾いなおすと、そこから急いでホームに降りる。そこから駅を出て数分の距離にあるダンジョンに向かう。


「御徒町ダンジョン、此処だよね。」


 通称「壊れた重力足場」である。

 その名前の由来は、中に生息するモンスターよりも足場が壁や天井にもあり、重力の方向が壊れているとしか思えないそのギミックにある。

 飛行系技能や重力反発系技能、浮遊系技能がないとそもそもまともな探索許可すら下りない高難易度の迷宮の一角。


「こんなの私の技能だと疲れるんだって」


 だからこそ、それらの技能を持っていない私には重すぎるのである。


「はあ、到着したか」


 そう言いながら、私は迷宮管理局の管理する通行ゲートに向かう。そして、入り口に慣れた手つきで入場許可証を提示する。係員の人はそれを受け取ると慣れた手つきで照会していく。


「入場許可証提示ありがとうございます。お気をつけてお入りください」

「どうも」


 挨拶をして私は受付証を受け取るとダンジョンに入っていく。

 これは会社の入場許可証であるため入れるのだが私個人の入場許可証というか、冒険者階級証で入場しようとするとどうせ入れないと思う。

 しかし、会社はそんな事情知ったことでは無いと言わんばかりに私に探索を命じる。


「はあ、少しは気を使って欲しいよ」


 更衣室に向かい、探索用の装備に着替えて部屋を出る。フリフリの衣装だが、ボスモンスターテイムには補正がかかる衣装らしく私のお気に入りである。


「後はドローンを起動して設定をしてもらって記録始めよう」


 そんな風にため息をつきながら映像記録用のドローンを起動すると浮遊したドローンはふわふわと浮遊してカメラのレンズをこちらに向けると記録を開始する。最後に、私は何時もの掛け声をする。


「夕凪千尋、撮影開始します」




 その頃、とある映像がネットにアップロードされた。国内最大手の動画サイトであるビビットムービーにである。


『なんだこの映像』

『女の子?』

『可愛いね』

『これもしかして会社系ギルドにあげる映像じゃね?』

『まさかの設定ミスの流出?』

『草』

『ん、まて』

『どうしたん』

『今量子龍見えなかったか?』

『量子龍? なにそれ?』

『電子龍ならあれだろ、機械系のダンジョンでボスやるやつ』

『あれ強いんだよなあ。土魔法とかがないとどうにもならないらしいな』

『それの上位互換だよ! 討伐記録すらまともにない最強格のボスモンスター!』

『そんな訳』

「リュー、映像ちゃんと撮れているよね」

「(コクッ)」

『ほら、いるじゃん!』

『え? あれマジでボスモンスターのテイム後の姿なわけ?』

『いや、ボスモンスタータイムがどれだけ大変なのか知っているのかよ』

『いやでも……』

『シー』


「さあ、入るよ」


 そんな掛け声をして、映像の中ではテイムしたモンスターとそのテイマーらしき少女がダンジョンゲートをくぐる様子が映る。そして映像が切り替わると皆が絶句した。

 そこに在るのは扉を開ける前には見えなかった「水の壁と中央に浮かぶ足場とお菓子の家」である。

 そう、壊れた重力足場は空間自体が歪んでいて外側からは見えない深い水をたたえた湖みたいな場所とその中央にある明らかな危険なエリアに分けられる。


『なんだこの映像!?』

『突然水音が聞こえたと思ったら水ばっかりだぞ!』

『というか、目に見える場所すべてに水がある』

『空も足場も直ぐそこに水だ』

『これ、御徒町』

『重力足場か!』

『バカ言え。そんな訳あるかよ』

「じゃあ、今日のノルマはクッキーナイトやマジックキャンディとか倒すのに加えて、何時ものバースデイミミックをテイムする挑戦するのが目的だよ」

『やっぱり御徒町じゃねえかよ!』

『どうして御徒町なんだ?』

『半年ROMれ』

『クッキーナイトやマジックキャンディなんか都内の強いダンジョンの代名詞定期』

『成る程、ジャパンの首都ならそうなるんだな』

『もしかして外国の人?』

『そゆこと』

『良いなあ、海外の配信見られるの』

『翻訳ソフト使っての配信なんかサブスクでも高くて見られないから羨ましい』

『そんな事より配信見ようぜブラザーズ』

『そうだよ! これ御徒町ならA級配信の様子見られるんだぜ!』


「何か凄い通知がブーブー煩くない?」


 私はさっきからやたらと振動している端末に違和感を覚えるが、そんな事より目の前の仕事に集中する。


「来たね、クッキーナイト」


 おまけにスプラッシュチョコレートやらマジックキャンディやら、モンスターたちが元気に湧いてきた。


「さて、倒すよ」


 私は武器を構えないで戦闘態勢に入る。

 クッキーナイト。硬度に自慢がある上に、武器も持っているモンスター、そして炎系の魔法に耐性を持っていて他の魔法にも総じて強い。しかし、明確に弱い弱点がある。


「そいや!」


 敵が振るってきた剣を掴むとそのまま自分を軸に一回転。敵がグルリと振り回されて他のモンスター、スプラッシュチョコレートにぶつかり爆発する。


『なんだ今の⁉』

『ブラボー!』

『初めて知ったよ。スプラッシュチョコレートの爆発にクッキーナイトは耐えられないんだね』

『いや、そこより剣掴んで傷一つつかない腕がおかしいだろ!』

『何これ珍百景?』

『誤配信のはずだけど』

『今から珍百景になるかも』

『本当にA級なんだね今の倒したモンスター凄いね』

『何だ。じゃあ有名冒険者なの』

『サポーターだよ』

『は?』


 一人のリスナーが書き出した。外国人のリスナーである。


『間違いなく彼女の姿はサポーター系列の装備だ。普通のクレリックやウィザードなら魔法を使わないわけがない。当然ソードマンやナイトも同様だ。武器を使わないのが変だ。だからと言って、ハンターやアーチャーみたいに距離を取るわけでもない。あれは明らかに独学で身に着けた戦闘術だ。統計的な迷宮省が定めた戦闘スキルに依らない戦いだな』

『はあ』

『ありえない』

『あんなに強いのにか』


 全員の懐疑的な声を代弁するように、一人が質問を投げる。


『そんな戦い方する奴なんて何があったらなるんだよ』

『それは分からない』

『は?』

『そもそも戦闘能力に恵まれないジョブならどうだ?』

『戦闘力が無いから独自に身に着けたってことか』

『まさか』

『そうだ。サポーターだ。サポーター系列のジョブなら戦闘力に統計的なスキルのアシストが掛からなくておかしくない。が、ボスモンスターをコレクションして、能力を授かったならありえない話だと思うけど』

『あんだけ強くなるって』

『ありえない‼ そんな奴が今まで出てこないなんて』


 しかし、事実として突然にメールが送られてきて勝手に開いたと思えばこんな動画を見せられたのだ。


『興奮するね。もしそうなら私達は世界的にも歴史的な瞬間に立ち会えている』


 同時接続はこの時点で三万人を超えていた。

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