第7話 三竦み

「なるほど、図体が大きいとしてもそれが強い証明にはならない」

「へへ、女に組み敷かれるっていうのも悪くはないもんだな。悔しいけれどよ」


 それは互いが互いに対して思うところがあるからこその種族同士の会話だった。

 植物人の女性は巨人の男性を押さえつけていた。植物の根っこやツタが幾重にも絡み合い、手足や腰の動きを封じて身動きが取れないようにしているのである。


「へへ、俺達にはめっぽう弱いのに巨人相手には本当に強いんだなお前って」


 そんな光景を見て、炎人の少年は面白そうに話しかけてくる。


「何よ」

「いや。ただ強いんだなって思っただけだよ」

「あっそ。じゃあ私は今日疲れたから」

「ああ」


 そういって後にしたが植物人の女性は震えていた。

「何でよ、なんであいつら」


 あんなに怖そうになんかしていないのよ。そう内心思っているのである。

 これは単純に彼女が恐怖心の感情を植え付けられたからこその反応であり、トップである男に対しての感情が植え付けられたものであることを今になっては認識できなくなっているからこその反応である。

 だからこそ、彼女にとっては「恐怖心を抱かずにフレンドリーに対応している奴ら」のことが恐ろしくて仕方がなかった。


「あんなに怖くて仕方がない奴の事をどうしてあんな風に大切そうにできるのよ」


 その感覚は植物人だからこその独特な感性が反映されている。

 植物人にとって一番大切なものは自分である。

 植物自体が一生基本的に動かない生態をしているからこそ、動ける根っこを持っているのだとしても使わないに越したことはないという考えをしている。

 戦闘訓練で何の躊躇もなく使っている今の状況は彼女たちの生態を考えると何よりも異常だった。


「はあ、複雑」

「どうしたの?」

「ひゃあ⁉」

「なになに? 元気ないの?」


 そこに現れたのはスライム人間の少女である。彼女たちも植物人からしたら驚きの種族である。

 彼女もまるであの男に対して大切な思いを抱えているかのように接するのだからとても触れにくい。単純にかわいいだけで語れない気がするのである。


「どうしたの? お水飲む?」

「ええ、じゃあ貰おうかしら」

「へへ、どういたしまして」


 彼女が体の一部を伸ばしてくるため、私も根っこを伸ばして触れ合う。そしてスライム人間の体から水を貰う。彼女たちは植物人に対してこういうことをすることに躊躇いがないためにとても何気に助かっている。


「おわ! またお前水そうやって飲んでんのかよ」


 そこで、うるさい炎人がやってきてしまう。


「お前たちよく水の魔素を吸収するじゃなくってそんなの接種の仕方で何とかなるよな」

「ふひひ、あなたも私の水飲みます?」

「冗談じゃねえ! 怖いこと言うなよ!」


 炎人は割と切実に怖がっているような声色で拒絶をするためなんだか正直面白い。あの悪戯好きでどんな種族にもため口をするような炎人族が、スライム人にだけはとても怖がるのである。

 そしていたずらもしない。これほど種族としての相性によって弱る姿は驚きである。


「第一、スライム人のその水を飲ませる行為だって服従というか敵対しないでほしいという弱者としての行為だろう」

「え?」


 そう私が気が付いた瞬間、彼女は本当に怖そうな表情をしていた。いや、私を怖がっている表情をしていた。


「え? 嘘よね?」

「普通に考えて俺たち炎人だって多少は体に水の魔素が必要だっていうのに、体のほとんどが水の魔素で構成されているスライム人にとって水の魔素どころか水そのものを分け与える行為がどんな意味をするのか分かってないのかよ?」

「それは」

「自分の体の一部を切り離して渡すようなものだぞ。それぐらい彼女たちにはそれでも敵対したくない相手だってことなんだよ」


 なんで? どうして。


「そうなの?」

「……」


 無言の返答。それが全てを物語っているとしか思えなかった。


「怖いよな。この世界に水と親和性の高い存在して生まれたばかりに世界中にある植物全てが自分の体を吸収するかもしれない外敵として生きてきたのに」


 そんな、そんな理由で。


「……私、私は」

「謝らないでほしいのです」

「え?」

「確かに、私はあなたが怖い。植物人のことはとても怖いのです」


 そっか。そうだったのか。これは正直なんと言えばいいのか。


「でも、あの人がお願いをしてきたの」

「お願い?」

「怖がらないでほしいって」


 怖がらないでほしい?


「あの人は今私たちが持っている関係は偽りの関係だって言っていた。本来なら互いに関りを持たないはずの存在同士が関りを持っていて、互いに敵同士のはずなのに一緒にいるって」


 それは正直不思議に思っていたところである。ここにいる連中は何らかの思いを持ってあの男のことを大切には思っているが、その思いは様々である。

 どうしてそんな風に出会えたのか、謎に満ちているような気もする。


「でもね、そんな私たちでも仲良くすることが出来るんだって。あの人はそう言っていた」

「仲良く」

「確かに水のスライム人にとってお前は最初は怖いかもしれない。でも、適度に関係を持てば困らない程度に水を分け与える関係になれることを知った」


 そして。


「多分俺たちがお前に戦って勝てば炎人全員が植物人と関係が修復できないところまで行くかもしれない。それが嫌で、俺はあくまでもあんたと戦ったことはない」

「確かに」

「気が付いているんだ。あんたがどうしてあの人を怖がっているのかは知らなくても、俺たちの前では怖がっている様を見せないようにしていることは」

「気が付いていたの」


 それは意外だった。あの鈍いと思っていた種族が、私があの人を怖がっていることに気が付いていたなんて。


「植物人なんかそれこそ男を惑わす種族の一角だろう? それが何もしようと種族全体でしないんだぜ」

「ああ、何かあるって気が付くわけね」

「だからさ、もう隠すのやめないか?」


 そうね。


「私はあの人が怖いし、炎人。あんたたちも怖い」

「俺はスライム人が怖い。これは魔素の相性の問題でどうにもならん」

「私も、平気だけれど水を吸われるのは苦手」


 でも。


「それでも打ち明けられるのだから」

「仲良くできるよな」

「うん」


 改めて相互理解が深まった瞬間である。


「お? なんだお前たち珍しいな」


 そこに巨人族が混ざってくる。

「魔法が得意な連中同士、仲がいいのか?」


 ああ、駄目だ。魔法について種族単位で無知な種族だからこの三種族の集まっている異常性に全く気が付いていない。


「魔法が苦手だもんね」

「ああ、こういうことがある」

「本当に私たちのことを知らないのね」

「ん? なんだ?」

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