第6話 小人族

「何なんだよ、あいつ」


 少年は悪態をついていた。突如として村に現れたその男は何をするでもなく自分達について来るように言っていた。

 そして何かするでもなく、いつの間にか自分達を安い賃金で使い潰していた村の長たちとの話をつけると食事と寝床を用意してこの洞窟での生活をするように指示して来た。


「はあ、今日も仕事か」


 そう言って少年は小さな石を丁寧に研磨していた。ぐるぐると回る研磨用の砥石に小さな宝石を擦り付けて磨く。

 そして出来た魔石を集めると階段を降りて次の作業場の人たちに渡す。


「持って来たぞ」

「ああ、見るだけで分かる。質の良い魔石だ。やはり小人族は良い仕事をするな」

「そりゃどうも」


 自分達小人族には魔石の質の良さは正直分からない。

 どれもこれも多少奇麗な石に見える、その程度の感想である。

 しかし、これを半人半妖の種族の連中に見せるとどの人に渡しても皆作業を褒めてくれるのである。

 あの程度の作業でここまで褒めるなんて何か騙されているんじゃないかなと思うようであるが、別にそんなことを気にする必要はない。


「次は何番に行けばいい」

「あー待っていろ。お前はもう四時間働いただろう。休憩に入れ」

「待ってくれよ! まだ働ける!」

「休む時間に休むのも仕事だ。また一時間後に来い」

「でも」

「良いから、あの方の手を煩わせるつもりか」

「はい」


 渋々俺は部屋を後にして、共用の食堂に行く。


「亀汁くれ。雑穀は普通盛で。あと焼き魚も」

「はいよ。相変わらず小人族にしては大食漢だね」

「五月蠅い。この位食べてないとやっていられないんだよ」


 他の種族達も利用する食堂で、蜥蜴人のおばちゃんにからかわれながらも食事を受け取る。


「あいよ。沢山食べて午後も働くんだよ」

「ああ」


 最初は「沢山食べて大きくなるんだよ」なんて言っていたおばちゃんたちも、そもそも成長が若いうちで頭打ちになる種族にとって誉め言葉ではなく皮肉や嫌みのような言葉であることを理解してからは言わなくなった。

 だからこそ、どんな種族だろうと喜ぶか悪い気はしない言葉に落ち着いて声をかけてくれる。

 それに、大食漢だという言葉もあくまでも俺にとっては個性の一つでしかなく他の奴は知らないが俺は気にならない。

 その辺も理解した上でおばちゃんは接してくれる。


「おい、また褒められたらしいな」

「元気そうじゃな」

「お前ら。相変わらず山堀か」

「ああ。迷宮調査組の連中が羨ましいよ。俺達蜥蜴人の誇りにかけてどんな敵だって追い返してやるていうのに、手の余った奴や抽選から外れた奴は鉱山で掘り仕事だぜ」

「俺は土仕事も手作業も変わらんから別にええけどな。酒が飲めるなら同じことよ」


 そう鉱山人が言うと、蜥蜴人は辟易とした表情で見ている。


「あんな刺激がしてべろんべろんになる物の何が良いんだよ」

「そのべろべろになるのが良いんだろうが。なあ」

「まあ、俺も酒は嗜むけれど。でもお前程大量には飲まないかな」

「かぁ、これだからみみっちい事を。良いか! 酒は浴びるように飲む! そして寝る! そして山のように働いて汗をかく! そして酒を飲む! これが旨いんじゃねえか」

「種族全体で酒飲みな奴は言うことが違うな」

「あれでも俺達より年下なんだぜ。何なら子供だってよ。外見似つかわしくないだろう」

「あ⁉ なんだとお前! 酒飲ませるぞ!」


 小人族からしたら鉱山人達は皆老けて見える、逆に鉱山人からしたら小人族たちは全員がまるで子供のように若くではなく幼く見える。

 これ故の悲劇が何度も起きていたからこその、互いを貶しあいながらのもう喧嘩はしないという今の関係に落ち着いたという歴史がある。


「そう言えばお前等、好きな奴とかいないのか」

「え!」

「それ年上に振る話か」

「あ、そうだお前年上だったな」

「物作ってやらねえぞお前」


 こうして、お互いにお互いの種族のタブーに近い点を触れ合うからこそ喧嘩両成敗にしている横で、一人蜥蜴人の男はうろたえていた。


「知っているぞ。お前、最近好きな女が出来たみたいだな」

「マジかよ」

「なな、何で知っているんだ」

「へっ、ちょっとした伝手があるんだよ」

「どうせ酒の席の賭博で誰かの秘密を教えてもらったんだろう」

「あ! あの負けた時か!」


 思い当たる節があった男と、それを見て勝ち誇った表情の男と、何をしているんだと呆れる男。そんな表情をしながらも、諦めたように蜥蜴人の男は話し出す。


「本当はさ、もう高値の花だって知っているんだ」

「ああ」

「だけどよ、どうしても諦められないんだ」

「おう」


 一人は大真面目に、もう一人は思った以上の剣幕に少し声のトーンを落として聞きこむ。


「どうしても好きになっちまったんだ。あの聖女の女性を」

「はい、解散解散」

「何だよ、治療病かよつまんねえ」


 しかし、即座に種族単位のあるある話だと知った二人は興味を全く失ってしまう。


「な、なんだよ俺が勇気を出して打ち明けたのに!」

「蜥蜴人は治療魔法出来る奴が少ない癖に生傷絶えなさ過ぎて有名なんだよ治療病の話」

「そもそも、この今のメンツで治療魔法出来るので一番強いのはあの僧侶の人だろう。言われなくても直ぐわかるんだよ」

「嘘だろ」

「そもそも、他の蜥蜴人の連中も同じこと言っているんだよ」

「敵が多いどころか、下手に恋仲になろうとしたらあの方から奪うから大変だぞ」

「う、でも。でも」


 なんかここで悔しそうにしている彼には申し訳ないが、意外にも鼻が利くらしい鬼によると兎少女や狼娘が定期的に臭いを消しているらしいので「ああ、多分あいつ等そうだよな」と予想が付くらいし。

「あの匂いを大切にする」兎獣人の少女や、狼獣人の女が匂いを気にしているのである。

 そして、その周囲の人たちに例外がいるとは思えないし……敵わない恋だと思っているのは俺だけじゃないだろうし、流石にその事実を突きつけるのだけは止めてやろうと胸にぐっと飲みこんだ。


「ごちそうさまでした」

 そう言って、俺は食事を終えると席を立つ。

「あれ、もう仕事か?」

「ああ。食べ終われば仕事だろう」

「あまり無茶するなよ」


 その軽口に俺は手を振って仕事に戻るのだった。


「あいつら、やっぱり凄いよな」

「ああ、流石俺達の中であの方を一番心服しているなんて言われるだけの事はあるよ」



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