第18話 虜囚の歩く道

【テノサ視点・マニュエチ視点】

『科学など勉強しようとして何になるのか?』

『魔法じゃない物を勉強しようだなんて、何処で教え方を間違えたのかしら』

『くそ、魔法をずっと勉強した俺達より何であいつの方が』

『魔法学校は何を考えているのだ』

『テノサ! 父として誇らしいぞ』

『あなたのおかげで家の事業の売り上げは届かぬ矢(うなぎ上りと同じ用法)の様で誇り高くてよ』

『俺達何度も競い合ったライバルだもんな! な!』

『すごいぞ! テノサ万歳!』

「見苦しい物を見せたね」

 テノサはそう言って幻覚を無視するのだった。

「何か苦労していたみたいだな。同じ貴族として」

「むしろ私は君にこそ同情したよ。君も科学を突き詰めようとして、それを最後まで成しえた結果として奴隷になったのならある意味私の写し鏡ではないかなと思ったよ」

「それは光栄です。第五階級魔法使いにそう言われるなんて」

 発明家と魔法使いの会話。それは二人には遠い物だった。だから、もう一人の奴隷の様子に村娘は優しく接していた。

『ごめん、親父がお前との結婚は許してくれないって』

『そんな……』

『やっぱり食い扶持を潰すだけで貢献していない奴は追放になるのだから同じだって』

『ひどいよ……あんなに結婚しようって言ったのに……』

『ごめん、それじゃあ』

『グス……ヒウウ』

『ほら、マニュエチ早く船に乗れ。せめて俺達のために金になれ』

「ひどいね。村全体でお金のために売られたんだね」

「一応好きだった人は最後まで何とかしようとしていたみたいだけれどね」

「……手、繋いでくれる」

 二人は自然と手を繋ぎあった。

「……温かいですね」

「え?」

「……左手が温かい人は心が強い人、右手が温かい人は力が強い人。私たちの村の言い伝えです。パムラさんは心が強いみたいですね」

「そうなのかな……そうだと良いな」

 二人は歩む。お互いに手を取り合いながら。

【ベリメ視点・守護獣の娘視点・エティエト視点】

『地獄に堕ちろ! くそったれ!』

「あらあら、守護獣もそんな口を挟むことがあるんですね。自分の故郷、いえ聖域が帝国に攻められればそうもなりますか」

「……」

『これで、ベリメも一族の仲間入りだ』

「痛くありませんでしたか、あんな儀式をされて。暗殺部族は大変ですね」

「別に」

『調べればわかるね! 私は騙されただけね! 父が死んだ今帝国から攻められそうで危険だから! 救援をするから情報が必要って言われたね!』

「実際、王国は把握していたようですね。父上の訃報の偽装と旧知の判断に振り回されたエティエトさんに非はないと。まあ、裁判の後の話ですが」

「あんた、何を知っているね」

 そんな風に三人の「関係があるとしか思えない幻影を補足説明する」メルビーに三人の不信感は募るばかりだった。

「どうでしょう。これでもあの幻覚を信じますか」

「むしろ逆にどうして信じないのか不思議ね」

「どんどん王家に対しての不信感は募るよな」

「信じてよいのですか、王女」

「はあ、ここまで敵意を向けられたのは久しぶりです」

 そう言うと彼女はとある道具を何処からともなく取り出すのだった。

「それは」

「天秤です。しいて言うなら『メルビー天秤』とでも呼びましょうか。私のためだけの天秤ですので」

「はあ?」

「この天秤は、私が魔法や物理だけでなく近距離遠距離問わずあらゆる攻撃などを受けている際に、その影響度によって攻撃を『逆利用』する道具です」

「要するに何を」

「お入りください。ここが私の独自に調べていた王家の腐敗の歴史と、それを対策、改革するための方策を考えている『新しい王国の礎の最前線』です」

 そう言って彼女は、自分の部屋の幻覚に誘い入れるのだった。

【トプシュワ視点・ナエシエ視点】

『弱い奴に用はない! だから強くなって言い返してみろって言ったのはお前達だろう! なんで罠に嵌めるようなことをした!』

『だからお前は弱いんだよ! この程度の嘘に踊らされるんだからな!』

『なんだと!』

『何時までも俺達に従わないで盾突く女なんか不要だよ。ばいばい』

「なるほど、あなたが強さに達観している理由はそれですか」

「まあな」

「……」

 正直、私と同じだと思った。騙されて、奴隷になって、利用される。なのになんだ、この感覚は。

「で、もうすぐ匂いからして近いのですよね。海良様は」

「うん。ボスのおしっこの匂いこの辺からずっとするし段々新しくなっている」

 なんで同じように奴隷として従っていたはずなのに、私は殺されそうになっていたのに、こいつは喜々として奴隷に甘んじているんだ。

「そうそう、そんなに顔を曇らせていると見える物も見えなくなりますわよトプシュワさん」

「はぁ?」

「あなたは帝国の奴隷ではありません。海良様の奴隷です」

 そう言われるが、彼女はそれを素直には受け入れられなかっただろう。

「だから、例えどれほど苦しい思いをしても乗り越えられます。安心して……」

「お前に何が分かるんだよ!」

 その時、周囲の光景が一瞬にして変化したという。燃える家屋、逃げ出す子供達、立ち尽くす昔の少女の姿。逃げ遅れた家族の悲鳴。そして、子供達を次々と攫う何者か。

「離れ離れになった家族を取り戻すのに、どうやったら」

「パチン」

 そこで、アラエは顔を叩いたという。

「確かに境遇には同情いたします。辛かったでしょう。ですが、それを嘆いて奴隷に甘んじ続けるのは違うのではないですか」

「……」

「誰かにこびへつらい続ける。それは違うと思います」

「同感だ。こんな状況でも私は認めた奴以外に尻尾振るなんて御免だな」

 その二人の言葉が契機となり、不満が爆発する。

「じゃあ私とお前達の違いってなんだよ! あんたもあの男にこびへつらって!」

「「 本当にそう見えているなら信じられません(節穴だなお前) 」」

「は?」

「生憎、あの人は全員に好意を向けられているのに手を出す素振りも、そもそもわざと気が付いていないふりをしているような素振りさえ見せる人ですよ」

「俺達のことをちゃんと見てくれている。それこそ、あんたを殺さないように、私みたいなあんたを殺しちまえと思うような奴の前でもそれ以外の道を模索しようとした奴だ。普通の私たちの同族なら従わない」

「……」

「ですから『利用するのです』」

「利用」

 そう彼女は唆したという。

「ええ、あの方の知識は間違いなくこの世界の価値観にはまだ合いません。ですが、知識人程『先進的で素晴らしい』と思っているようです。私はまだ理解できていない側ですが、ならば『その恩恵に少しでもあやかれる』ようにするのです。そうすれば『あの方は私たちに何か返してくれる』はずです」

「……」

「家族が心配ならその思いは持ち続ければいい。ですが、ここぞという時まで忘れないようにしなさい。それまでは、他のどんな困難が来ても倒されないようにしていればいいのです。あなたは強いのですから」

「私が……強い?」

「ええ、あの方が奴隷の基準で選んだのは『何かの強さ』ですから」

 その言葉はどうとらえられただろうか。だが、少なくともその少女の心には響いたのであろう。

「分かった。なら従ってやるよ。そこまであいつを信じろって言うならよ」

 2人の少女は三人目の少女を受け入れる。そして少女たちは進む。主の元へと。

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