第2話 愚者
魔王軍に勧誘される。正直俺はどうしてそんなことになっているのか困っていた。
「待ってほしい。俺は確かに正直な事を言えば今の魔王軍の状況なら喉から手が出るほど強いかもしれない」
「何だ、喉から手が出るのか」
「どんな大道芸だ?」
「魔王様、慣用句を知らないのを晒さないでください。馬鹿だと思われます」
そんな部下の忠告に対して「な! いや知っている。知っているとも」と馬鹿丸出しの返事をしている魔王様に俺は困惑しながらこの魔王軍に所属してよいのか駄目なのか天秤にかけていた。
「少し聞いても良いか」
「何だ」
「いや、魔王様じゃなくってペガコーンに」
「何?」
魔王様は「何で我を無視するのだ!」なんて騒いでいるが、そんなのは無視してペガコーンに話を聞く。
「ズバリ聞くけれど良いかな」
「何かな」
「魔王の能力って『魔王軍に大きさが大きいほど強くなる』能力でしょ」
「……正解だけれどどうしてそう思ったのか聞いても良いかな」
俺がそう言った瞬間に、ペガコーンはそう質問で返してきた。俺は此処で手の内を晒すのは悪手だと思い素直にどうやって考えてその思考に行きついたのか話すことにした。
「まずさっきの検証、にもなっていない魔王を吹き飛ばしたあの攻撃。あれで魔王の力は単純な力だけだと多分ペガコーンの君や、他にも何体かいる他の強い魔物にも劣るほど弱いと断定された」
「それで」
「それでも魔王についていこうとする魔物がいるのは、多分魔王の能力に期待しているから。巨大な魔王軍に期待しているから。違うかな」
「……」
「なら、そこで凄く違和感のある疑問が当然思い浮かぶ」
どうしてそんなに魔王って魔王軍を必ず作るんだ?
どうして魔王討伐を掲げるのに、必ずと言っていいほど一人ずつ各地に散らばった魔王の 配下の強い魔物の討伐からやって、最後まで魔王討伐自体は置いておくのか?
そもそも、魔王は各地に配下を配置して問題ないのか?
魔王の配下を近くに置いていた方が強くは無いのか?
「これらの非合理的な状況を解決してしまう考えにあるタイミングで俺は気が付いたんだ」
「それで気が付いたんだ。魔王様の能力に」
「その仮説は王様に聞いたら合っているのではないかって言われて調べるようにも言われていた。実際、前回の魔王討伐前に迷宮各地に一斉に冒険者を同時多発的に送り出して戦力を弱らせたのもぶっつけ本番だったが成功した。俺達勇者パーティーは史上稀に見る魔王討伐を成し遂げた冒険者、しかもその中でも到達レベルの低さで最低記録を更新した」
「正直別に先代魔王様は歴史の中では弱い訳ではないんだよ。だからさ……不名誉なんだよね、歴代史上まれに見る弱さの魔王だったのだろうって話。あれは間違いなく勇者の力じゃない。賢者の、君の作戦勝ちだよ。世界規模の作戦勝ちだね」
王国内で囁かれるその話は彼らも知っていたのか。俺は正直作戦勝ちだなんて思っていない。あの作戦では信じられないほどのお金を使って世界中で時間を、時差まで考慮して同時多発的に攻撃するように指示した割に成功するかは結局運任せだったし。
だが、正直俺はどうでも良かった。それよりもペガコーンがそこまで俺を持ち上げているとは……正直驚いた。そこまで魔物なのに相手を評価する奴がいるなんて思わなかった。
「だからこそ聞く。そんな俺に何を求める」
「魔王軍の復興を」
「具体的には」
「具体的……?」
「俺は確かに世界規模の作戦を成功させたかもしれない。だけれどあれは、ハイリスクな途方もない資本金を確保出来る目途と、それだけの人材を動かせる人的なコンタクトがあったからだ。滅茶苦茶苦労した」
「それで」
「同じだけの目途があるのか? 王国に匹敵するほどの資本が、いざという時に各国を動かしてでも黙らせることが出来るほどの人脈が」
そう聞いた瞬間、魔物たちは全員が黙ってしまった。ある訳ない。そう思っているのか。少なくとも、先代魔王を倒すほどの人的資産と資本を集めるほどの力など。
「少々よろしいでしょうか」
おや。
「どうした」
「初めまして賢者様。私の名前はガベテナ。魔王軍のゴブリン部隊総指揮官をしております。正確にはゴブリンリサーチャーですが」
「リサーチャー?」
ゴブリンの? だって、それってつまり研究者。ゴブリンにもゴブリンソードマンやゴブリンファイターとか色々いるが、リサーチャーは聞いたことが無い。
そう思っていたら直ぐにその思考に気が付いたのかゴブリンんが答えてくれる。
「ゴブリンはあなたが思っているよりは沢山の職業がありますよ。私はその中で完全に城の中で引きこもっているような職業でした。魔王軍がいかに強くなるかを研究していたのですから。既に強いと皆が考えている魔王軍を強くする研究に意味があるのかと冷遇されていましたがね。だからこそ私はゴブリンのために魔王軍が壊滅した際にはいの一番に逃げました。少し飾った言い方をするなら、ゴブリンの血を絶やさない事こそが仕事だったからでしょうか」
「……それで」
「現在私の把握している限りでも末端まで含めればゴブリンの数は37人。連絡を取れるようになればもっと増えるでしょう。その人的資産をあなたの研究のための助手としてあてがう。それはどうでしょう」
研究の際の助手か……。
「なあ、研究なんかの助手をやって一体何の意味があるんだ」
「そうでもないぞ」
「え?」
魔王様がまた寝ぼけた事を言ったために俺はその言葉を止めさせた。
「研究なんて一人でやっていても直ぐに人手が足りなくって頭打ちになる。それに、やりたい研究の代行をしてくれる人材がいれば欲しがるのが研究職の性だ。このゴブリンは同じ研究職のそれだからこそ俺に理解を示すと同時に、俺も欲しがるような条件を提示することで魔王軍にいたいと思わせようとした」
「利得的な言い方をすればそうなりますな」
「だが駄目だ」
だけれども、俺はまだ足りないと意見を述べる。
「どうしてでしょうか。何か不満が」
「資源がない」
「……」
「気が付いているだろう。この魔王軍には資源がない。これでは研究職の俺の実力を発揮できない」
それは純然たる事実を述べたに過ぎなかった。そうだ、ただでさえ目の前の仲間たちを支えるのも大変なこの時期に、研究職なんて物のために限りある資源を渡す。その危険性に気が付かない訳が。
「私の角でどうかな」
そこで、ペガコーンが話に入って来る。そして、周囲の魔物も驚いた顔をしたのが見えた。
「私の角も表面を削ってその粉を渡す。後は羽を少し渡す。その程度なら問題ないけれど……足りないかな」
「そこまでの覚悟を示されるのでしたら、私も爪の一つや二つ渡しましょう」
先ほどのゴブリンまでもがそう言いだした。
「分かった。その条件で魔王軍の復興。その依頼を引き受けよう」
「本当に!」
「だから、俺は今このタイミングで賢者から『愚者』になろうと思う」
そう言って俺は、王国軍の宝物庫から盗んできていたその短剣と自分が賢者と呼ばれる所以になったアイテムを取り出した。
「え、それ何? 待って、何をするつもり!」
「実験が失敗したら申し訳ない」
俺はそのアイテム「賢者の石」を砕くと同時に「不死の短剣」で自分を切り殺した。
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