第8話 森の鍛冶師
「契約無し?」
俺はその言葉を聞いた瞬間に驚きをした。
「俺以外に契約無しなんかいたのか」
「何だ、お前契約無しなのか? でもそこに妖精がいるよな」
「ちょっと前まで契約無しだったんだ。最近訳あって契約した」
「訳あってって。俺みたいに妖精がいないから訳ありなら分かるが、お前の場合は何を言っているんだ」
そう言って普通に呆れられるが、とりあえずは話を聞いてみることにした。
「何しているんですか」
「何って、見れば分かるだろう。鍛冶だよ」
「鍛冶?」
「武器や防具を作ることだよ。その職人を鍛冶師とも言うんだ」
そう言うそこには、小さな炉床と小さな土を盛って作った人口の炉があった。しかし何というか……。
「みすぼらしいだろう」
「え」
「言わなくても顔に出ているよ。正直自分としては身から出た錆だから仕方がないと思っているけれどな」
そんなに顔に出ていたのかと不安になったが、相手は幸いにも笑って許してくれた。
「ごめんなさい」
「良いって別に。妖精の契約を守れなかったのは私だしな」
「……」
「でもまあ、今となっては酷いありさまだけれどな」
そう言って、見せてくるのは何か金属の塊である。
「どう思う。何に見えるか言ってみろ」
「何に見えるって、金属の塊ですが」
「これな、剣なんだよ」
「は?」
しまった、そう思った時には遅かった。既に声に出てしまっていた言葉を戻すことは出来ずに相手に伝えてしまっていた。
「え、あ、いやあの。ごめんなさい」
「良いって。仕方ないよ」
女性はそう言って笑っているように見えたが声色は確かに悲しそうだった。
「妖精の力ってさ、それだけ強いんだ」
「え」
「私みたいな技術が何も無いからこんな鉄の塊みたい何かしか作れないような奴でも武器を昔は作れたんだよ。それが今ではこの体たらくさ」
「……」
その言葉に何か言おうとしていた時、火妖精が何かしているのが見える。
「何だお前、俺の炉に火をくべてくれるのか?」
ペナンシェさんはその火妖精の様子を嬉しそうに眺めている。俺には姿が見えていないため突然空中から火が炉に入っていくようにしか見えていないのだが。
「なあ、あんたに相談があるんだ」
「妖精貸出ですか……」
その話を相談すると、受付嬢の人は少し渋い表情をしていた。
「確認ですが妖精貸出とは、契約をした妖精の内他者のために妖精を貸し出す事を言います。そういう事は確認済みですか」
「はい」
「逆を言えば、契約した妖精には『自分って実力不足なの?』と思われかねない行為です。それでもやりますか。妖精とは契約した主人の力になる事こそ幸福になり、力をより発揮する生き物です」
「……」
その確認は、正直確かに大変なものだなと思った。元居た世界の派遣社員とかみたいな話とは違うもだなと思う。それに、日本では派遣社員は結構多いけれど、海外では派遣社員の多い国の方が少ないみたいな話を思い出した。
きっと貰える利益を多くしたいというのは何処でも同じなのだろうし……。
「でも、今回は火の妖精がなんか興味を持っているみたいなので考えさせてください」
「はい……でもあまりやりすぎないようにだけ注意してくださいね」
受付嬢に心配されてしまったたが、俺はギルドを後にするのだった。
「ただいま……」
ペナンシェは昔住んでいたという家に立っていた。既に廃墟同然に酷くなっていた家。
「はあ、結局帰ってきたよ」
ペナンシェはそう言って扉を開けるのだった。
「じゃあお世話になりました」
葛城はお世話になった宿を離れることにした。最後に店主に声をかけようかと思ったのだが、結局店主と一度も会う事がなくお店を出て行くことになった。
「さようなら」
そう言って俺は宿を出るのだった。
「じゃあ、あんたの部屋は二階の部屋な。そこなら自由にしていいから」
「はい。ありがとうございます」
「良いよ。別に契約している妖精を私のために貸してくれるなら、私はあんたのために力になるし、家位貸すよ」
そう言って貸してくれた一室で話をした。
「妖精を貸してくれる分家賃は安くするから、頼むよ」
「分かりました」
そう言うとペナンシェは早速部屋を出て行って仕事に向かってしまう。
「何か嫌な感じね」
「そうか……そうなのか?」
ペナンシェが部屋を出て行った後、ペスティがそう言いだしたために俺は疑問に思って質問で返した。
「まずさ、普通妖精の貸し出しなんてよっぽど何か事情があるような状況でないと普通やらないような話なのよ」
「ああ……」
そこは確かに俺も気になっていたようなところだ。
これは俺も理解しているのだが、日本の雇用契約とこの世界の契約の感覚は全然違う。一定期間ごとに契約を更新して、契約を提示する側に色々な決定権などがあり上の立場なのが日本の契約である。
しかし妖精との契約は最初双方が合意をするために対等。その後人間側は契約している間妖精に仕事を斡旋し続ける必要があり、それに対して妖精は常に仕事を達成することで返す必要がある。そして『妖精は一方的に契約を止める権利がある』し、人間側も『契約を更新しない、正確には契約するのに必要なアイテムを供給し続けない事由がある』のもかなり特殊だと思う。
要するに出来るだけ妖精と人間側の立場がフラットでありながら双方立場が上で立場が下になるようにしている。
「そこまでのリスクを冒してまで妖精の貸し出しを求めるのってなんでだと思う」
「……」
「そりゃあさ、精霊とか上位の妖精とか普通ならそう簡単に契約出来ないような存在を求めるのは分かるのよ。貸出契約をしてでも。だけれどさ、普通のそのへんにいるような妖精よ、火妖精なんて。それを貸出契約するなんて」
「何か早まったようなことをしたかな」
「ぼろい宿からぼろい家に変わった程度の違いにしか妖精目線では見えないしね」
家に住める。それに少しはやり過ぎたかもしれない。
「お前は優しいな」
火妖精に向けて、ペナンシェは語り掛ける。
「気が付いていないのか、それとも何か理由があるのか。知らないけれどさ、少なくとも話しておかないとな。そうじゃないと契約していないとしても一緒に仕事をしてもらう妖精には不義理だしな」
そう言ってペナンシェは一言絞り出すのだった。
「私はさ……殺したことがあるんだ。契約した妖精を」
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