第1話 契約無し

 異世界。自分がそんな世界に来ることになるなんて思いもしなかった。何より、その結果として訳の分からない能力に目覚めさせられたからこそ冒険者となることを強要される。そんなことになるなんて思いもしなかった。

「ああ、何でこんなことになったんだ」

 そう呟いたのが約1か月前。葛城誠が異世界に転生させられて、能力の説明をギルドより受けた時のことである。

「とりあえず、これお願いいたします」

「はい。下水道掃除とラットの死体ですね。お預かりいたします」

 臭い袋や自分の匂いにも嫌な顔を一つもしないでギルド職員の受付嬢は袋を受け取ると中身を確認する。

「では、クエストクリアの報酬として250ゴールドをお渡しいたします」

「ありがとうございます」

「他にもクエストを受けますか」

「薬草採取などがあれば」

「はい、少々お待ちください」

 そんな風にやり取りしていると「おら、どけ!」と言って一人の男が割り込んでくる。

「おい。早く清算してくれ」

「お待ちください、まだ前の方の対応が」

「良いでしょ。早くそっちの人のをやるんだ」

 そんな風に遠くから上司と思われる人の声が聞こえてくる。

「ですが」

「良いです。慣れていますので」

 そう言って、俺は割って入って来た男性に順番を譲る。すると、嫌な顔をしながら男性は俺にこう言った。

「よく分かっているじゃないか。契約無し」

 契約無し。それは、この異世界においてはある種の蔑称の一つだった。

 この世界は魔法の力で成り立っている。しかし、それは「妖精や精霊の助力」あってのことだ。妖精たちの助力で自分の力を強くするにしても、妖精たちに指示をして妖精たちに戦ってもらうにしても。そして、俺は未だにこの契約をしていない。

「おら、早くしろ」

 そう言って、今日も契約をしていない俺は誰かに下に見られて笑われながら生活をする。

「実は、契約するのに良いのではないかと思われる妖精がいるのです」

「はい?」

 それは、とある日に受付嬢から言われた言葉である。

「あの、誠さんにも妖精を契約してもらう必要があるのではないかなってギルドでも認められまして」

 そう言っているが、おおよそ金食い虫みたいになっている自分に少しでもギルドとしての評判を戻すためにどんな弱い妖精でも良いから契約させようって事だろう。契約無しを抱えるギルドの評判が悪くなる、そんな眉唾の様で事実だろうなって話もあるし。

「それで、その妖精が」

「あんたが誠って奴!」

 その時だ、頭の上に知らない妖精が飛んでいるのが見える。

「あ、ちょっと」

「この妖精が、噂の妖精ですか」

「はい。あなたの能力との相性からすれば良い能力ではないかなと思いまして」

 どんな能力ならそうなるのか、逆に興味も沸いたが同時に不安にもなった。

「それでは相性について確認を取りますが、姿は見えているのですよね」

「はい」

「どんなお顔か見えていますか」

「はい」

「人型ですか、それとも動物型ですか」

「人型です」

「最後に、お話は出来そうですか」

「声は聞こえているので問題ないです」

「え? 本当ですか」

「はい、何か変な事を言いましたか」

「いえ、そうですか」

 そこで、受付嬢は何か考えるようなそぶりをして紙に筆を走らせる。

「それでは、最後に二人で契約をお願いいたします」

 正直、俺はまだ嫌だった。どうして契約なんてしないといけにあのか。でも、妖精の方はする気満々だし、ここで断ったらどんな目に遭うのか分からないし。

「契約を申し込みます」

「受け入れます」

 こうして、妖精との契約が終わるのだった。

「やったー、これで私も契約妖精だ!」

 妖精、ペスティは嬉しそうにそんなことを叫んでいた。

「お前、何しているんだ」

「だって! やっと役に立てる機会に恵まれたんだもん。喜ぶでしょ、自分で言うのもなんだけれどひどい能力だと思うし」

 俺は渡された契約書に記された俺とペスティの能力を見比べながら、相性は確かに悪くはないなと思う一方で、正直複雑な気分になっていた。

「一先ず、宿に行こう」

「宿! ようやく言葉通りに羽を休められるわ!」

 そう言って、嬉しそうに飛んでいる彼女を連れて俺はお世話になっている安宿に向かう。

「うへえ、ひどい安宿。今にも壊れそうじゃない」

「安心しろ、俺しか住まないような安宿だからな」

「何が安心なのよ」

 そう言って、俺は金貨を入り口のテーブルに置くと、慣れた様子で二階の部屋に向かう。

「これは……」

「俺が貯めていたアイテムだ。売っても良かったんだが、何時か契約した時に役に立つからと売り払うのを断られてな」

「あんたどんだけ変わり者なのよ」

 そう言って、部屋の中央を埋め尽くす山の様な迷宮の採集物や採掘物の山を眺めながら、ペスティは眺めていく。

「うんうん、少なくとも私がこれなら能力を上げるのに使えそう」

「なるほど、具体的にはどうなる」

「今はまだ弱いけど、能力が強くなるほど倍率が良くなるみたい」

「よし、半分くらいの物を奉納して能力を上げるぞ」

「よし!」

 そう言って、俺はペスティの能力を上げるための簡易的な儀式を始める。能力を上げるために必要な物を並べて、簡易的な儀式をして、そして奉納する。

 それにより奉納された物が魔力として還元されて、妖精の力を上書きする。

「上がったみたい」

「お」

「能力が上がった! やった! 私も少しはこれで役立たずなんて言わせない!」

 そう言って彼女は喜んでいた。

「じゃあ、早速能力を使ってみましょう」

「なあ、少し早くないか」

「良いじゃない。そこに結局余っている食べ物とかまだ沢山あるでしょう」

 それもそうか、そう思いながら俺はペスティに能力を使ってもらい貯めに貯めていた道具たちを消費してもらう。そうすると、道具は先程の儀式とは違う形で消えていく。

 具体的にいえば、魔素となって集まっていく感じではなく言葉通りの意味でポンッ、と消えていく感じか。

「良し、終わったよ」

「それは良かった」

「じゃあさ、早速何かに使ってみようよ、今度はあんたの番だよ」

「はあ、何で俺が能力を使わないといけないんだよ」

「ほらほら」

 そう言いながら、共有されたそれを見ることで出来ることを考えた末に俺はとある項目の能力を強くする。そして、もう少し能力を使う事で。

『……』

『……!』

『……』

「え、え? なにこれ? 下位妖精だとしても新しく妖精と契約。どういう事」

「元々分かっていたんだよ。契約を出来る数を増やす能力があること自体は」

「まさか! それをやるのが嫌だから契約一度もしなかったの!」

「だけれど、こうして自分でこの世界で働いた結果として稼いだもので行えるのであれば使っても良いかなって思っただけだ」

「ふ、ふざけないでよ! やっぱりあんた変だよ! そんなに沢山契約できるならさっさともっと契約をしなさいよ!」

「やるか馬鹿!」

 そう言って、俺はペスティの猛攻から逃げるのだった。

 その夜、誠は契約書を見比べて、どうして自分はこの能力に目覚めたのか。そして、ペスティはこの能力を持っているのか気になっていた。

 誠の能力【お金(日本円)を課金するほど強い能力や恩恵を入手できる能力】

ペスティの能力【この世界の物を日本円に変える能力】

 正直、俺の方だってこの能力の意味が分からない。異世界に来たからと言って、俺は出来るなら向こうの日本に帰りたいと思っている。だからこそ、この世界で強くなる能力は不必要である。

 なぜこんな能力に目覚めたのか。

 そして、ペスティも不思議である。基本的には妖精の能力という物は最初に出会った、もしくは契約した対象の経験や職業や夢などに似通うか通ずる能力であることが多い。

 どんな経験を踏んだら向こうの世界を連想させる能力を持つのか。

 そんな風に俺は疑問に思いながらも、せめて生き残るぐらいはしてやろうと思って眠りにつくのだった。

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