第1話 Null
「おい! 早く仕事を終えろ、レベルゼロ!」
「あんたに売る品物なんかないよ、レベルゼロ」
「やーい! レベルゼロ! レベルゼロ!」
村の人間はいつもこうだ。何もできない人間、そう勝手に決めつけて俺を邪魔者扱いして冷遇する。
仕事をしてもまともな給料を払わず、そして買い物もまともに出来なくて、子供にさえ馬鹿にされる始末。
「ふざけるな」
俺はこんなことで負ける奴じゃない。何時か絶対に見返してやる。あいつらを強い力で見返してやるんだ。
そう思いながら、今夜も寒いベッドの置かれた狭い部屋の中で身を丸めて眠るのだった。
「起きなさい。蘭」
「ん? ここは」
知らない場所にいる。まるで雲の上にいるような不思議な感覚だ。
「訳があり遅れたようですが、それも仕方ないでしょう」
「遅れた?」
「はい、あなたは能力に目覚めるのが遅れたようです。というより、妨害された、その方が適切でしょうか」
「妨害された?」
俺はその表現に違和感を覚えて、つい質問をした。
「あの、ここって才能を昇華させる神の夢、ですよね」
「……あなたって冷静なのですね」
「はい?」
「普通の人間は私を見ると、子供の様に驚き、喜び、場合によっては私に欲情するなどするものですがどれにも当てはまらないのですね」
まあ、神様をそんな風に見るなん……。
「あれ? 俺どうしてあなたが神様だって当たり前の様に受け入れているんだ」
「ふふ、それこそがあなたの特異性かもしれませんね。客観的に自分の置かれている状況を冷静に見ることが最初は出来る」
「うん」
「正直、あなたに与える能力は限られる……というよりそれすらも何者かに妨害をされているようですね」
「あの、さっきから妨害って言っていますがどういうことですか」
「……これは私達神側の失態でもありますが、あなたのこの夢に至るプロセスでエラーが発生していたため、あなたは才能を与えるべき人間でありながらその力が与えられないように仕向けられていました」
「な、何だそりゃ」
「理不尽な話だと思います。しかし、その理不尽を招いたのは私の失態。それは申し訳ないと思っております」
女神さまはそう言って謝っている。
「だから、あなたには数少ない特別な能力の中から強力な物を授けたいと思います」
「強力な物」
「ええ、普通の人なら大した使い方を出来ないまま終わりますが……あなたなら」
そう言って、女神さまは何か俺に力を差付けてくれた。そんな気がする。
「さあ、目覚めなさい。存在するものと存在しない物を操る力。Nullと0を操る者よ」
そんな夢を見た日から、俺の訓練はひそかに行われた。魔法に目覚めた。それがばれれば間違いなく俺は迫害に拍車がかかるだろう。そう思ったから、俺は何としても能力を隠していた。
幸い、レベルゼロ。ある種の能力を測るための指標さえも変化していなかった。
本来レベルとは強くなるほど数値は高くなる。しかし、別に数値が上だから絶対に優れているとは限らない。
例えば、筋力が数値上では上に表示されていても、毎回同じだけの力を発揮は出来ない。だからこそ、数値が下の人に腕立て伏せや腕相撲で負ける事など珍しくも無い。
魔力、魔法を扱う力でも一緒である。より優れた魔力を持った人でも制御が出来ないから数値が小さい人に高威力の魔法を扱われて負けることがゼロという訳ではない。
「それなら、レベルゼロなんてふざけた自分でも勝てるんじゃないか」
ステータスでは筋力や魔力、防御力も運もとても低い数値が並んでいる。もちろんゼロではないが、低い数値だ。でも、能力を授かってから成長している。
「だから」
俺は何度も訓練をした。誰にも悟られないように、ひっそりと。
「ここが、盗賊のねぐら」
それから俺は、仕事が休みの日に盗賊のねぐらにやってきていた。盗賊もそんなに利用する訳ではないねぐらで、どちらかと言えばお宝の隠し倉庫みたいな感じである。
「今いるのは、女奴隷か? それに強そうなのが何人か」
全員で15人程度の盗賊とそうじゃない奴隷の様な人たちがいる。
「よし」
準備は整った。あいつらは誰一人として気が付いていない。
「ゼロをNullに」
大気に対して実行する。流石に一瞬で消すと大変な事になる。だから徐々に消す。
「おい、なんか息苦しくないか」
「どういうことだ、ろうそくの灯も消えたぞ!」
「おい! 出られないぞ!」
まんまと俺の術中にかかった盗賊たちが慌てだす。奴隷の女の子たちも一緒に巻き込まれたから申し訳ないが、奴らは部屋の中から出られなくなっている。
そして、その出られなくなった部屋の中の大気をある程度消した。正確にいえば存在していないことにできた。
この能力の難しい所は「個数の概念がある」ものに対しては無効だという事だ。例えば、水を出現させるとかは出来た。炎を出すことも出来た。しかし「大きさが指定できない」のである。大きさというより、規模や量を指定した瞬間に「魔法の水球や火球という数えられる存在」になるからではないか。これが俺の推察である。
当然の様に、土魔法や鋼魔法ではいまいちいかなかった。これは、俺が無意識に土魔法と鋼魔法に関しては個数がある物だと思っているからではないかというのが考察である。
正直基準が自分依存であるという面倒な仕様であるが、だからこそふと思った。
「空気を増やしたり減らしたりは出来ないのかな」
風があるという事から、空気という物が見えないがあるなんて話は珍しくなかった。
そう言った、目に見えない物を操れたら強くならないか。
「そう思って、俺は何度も練習をした」
「お前! 下の村のレベルゼロだろう。どうしてこんなことをした」
部屋の中に入って、俺はまだ意識を失っていない盗賊に話をしていた。他の奴隷や盗賊たちは既に意識を失ってしまっている。だから、こいつに話すしかなかった。
「なあ、あんた俺に従う気はないか?」
「は?」
「あんたじゃ俺には勝てない。だから俺に従ってもっと楽しい事をする。そんなことをする気にはならないか?」
「っふ、ふざけんな! そんな事する訳が!」
そいつは俺にナイフで切り殺そうとしてきた。だが。
「勝てないよ。届かない。Nullの壁があるからな」
「ヌルの壁? なんだそれ!」
「存在しない壁だよ。それがあるから触れられない。攻撃も当たらない」
だから、眠りな。
「ちく、しょう」
そう言ってそいつは意識を失った。意識を存在していないことにしたから。
「おはよう、皆」
そして俺は盗賊たちが起きた時に、皆に挨拶をした。
「これから俺の部下として、よろしくね」
「は、はい!」
「よろしくお願いします」
「ああ、主よ」
尊敬、友愛、信頼、俺にあるはずがなかった感情を存在していることにできた。ああ、神様。俺に素晴らしい力をくれてありがとう。
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