第16話 オロガ

 旅を始めて数週間。俺達は道中の村で困りごとを解決しつつ王国に向かっていた。


「よし、これで薬草採取は終了かな」

「妖精も皆何を集めればいいのか分かってきたみたいで仕事が楽になって来たわね」


 ペスティがそう言ってあちこちに薬草を探しに行っていた妖精達を集めている。


「他の妖精達の指示とか代わりにしてもらって悪いな」

「良いわよ。皆あなたと話がっているけれどあなたのパートナーとしていたいって私も我儘言っている立場だから」


 そして、薬草を持って村に帰るとペナンシェと受付嬢さんのいる宿屋に向かう。


「よ、酒飲んでいるぞ。お前も飲むか」

「狩りのお仕事ですが、案外早く片付きまして。そしたら」

「村の人に誘われたってか」

「まあ、どちらかと言えば私よりお前の方に用事があるみたいだがな。妖精が」

「はぁ」


 そう言うと、村人たちは俺を不思議そうな眼で、そして頼りにしているみたいな眼で見ているためむず痒くなった。


「あくまでも村人たちは俺達に期待しているのは仕事をこなしてくれることだけ」

「ですが、妖精には分かるのかもしれませんね。あなたは契約をするだけの価値が既にあると」

「いまいちピンとこないけれどな」

「私が言ってもいまいち信憑性無いかもしれないけれど、普通にあなたって規格外の存在だからね。レベルの低さに対しての契約した妖精の多さは」


「でもなあ……正直増やしていないだけで、まだ契約の増やせる限界枠は余っているしな」


「え!」

「ブフッ」

「嘘でしょ。まだ増やせるの」


「ああ、一応増やそうと思えば今の二倍までは増やせるらしい。それに、契約した妖精を他人に預けることが出来ればもっと増やせる」


「待って皆! 契約出来る訳じゃないから! 落ち着いて!」


「あーあ。どうせその辺飛んでいる野良妖精に契約するように仲介しろって言われているんだろうな」

「大変ですね。ギルドから遠い村だと妖精は誰とも契約しないで長年過ごすことも珍しくないですし」


 ペスティが慌てている様子を見て、ペナンシェと受付嬢さんは苦笑しつつ卓上のおつまみを食べている。




「すみません。ここに中級妖精の使い手がいると聞きましたが!」


 その時だ、酒場の中に一人の男性が入って来たのは。


「オロガだ」

「変人オロガが来たわよ」

「全く、仕事もしないのに」


 そう言う村の人たちの言葉を無視して、男性は俺を通り過ぎると受付に行き話をした後俺の方に来る。


「初めまして! あなたが噂のお客様ですか!」

「ねえ怪しいわよ。大丈夫なの」

「少なくとも一回通り過ぎたって事は、俺達が客人だってすぐ気が付かなかったって事だよな」

「ははは」


 まあ、ギルドからも遠い村なら客の出入りは少ないはずだ。そんな村でこの人客人だなって気が付かないのは怪しい。何より噂のって……。


「あの、何用です。依頼なら順番を」

「依頼は依頼ですが……私の場合ちゃちなお使いみたいな依頼ではないのです!」


 心底大丈夫か、そう思った。自分でそれを言うのかとか。


「私の依頼はズバリ! 私を飛ばしてほしい! それだけです!」

「飛ばすって、物理的にですか?」

「はい! 妖精の様に私を空へ飛ばす! それが私の依頼です!」

「止めとけ止めとけ。そんな奴の依頼」


 酒場の主人がそう言って止めてくる。


「そいつの家は昔異端審問に掛けられた家で没落したそうだ。しかも、妖精に関する研究ばかりしているから役に立つのかと思いきやそうじゃない。その上仕事だってほとんどしない奴だ」

「わ、私の研究は役に立ちます! それに、異端審問だって解呪自体は出来るのに説明を聞かなかった相手貴族にも問題が」

「ちょっと待ってくれ、妖精の呪いの解呪が出来るのか」


 俺はその言葉に深い興味を抱いた。


「なあ、確か空を飛びたいんだよな」

「はい、もしかして」

「今は出来ない。だから何処か話の出来る場所を」


 村人たちの「あいつ大丈夫か?」みたいな視線は無視して、俺は向かう事にした。




「ここが私の家です」


 オロガさんは村のだいぶ外れにある一軒家に案内をしてくれた。


「一軒家というより、研究所みたいですね」

「はい、私の家は代々研究で名声を得ていたので。今では没落してしまいましたが」

「なあ、まさか私のためにやっているんじゃないよな」


 そこでペナンシェさんが確認を取る。


「私が妖精を殺したのは事実だから、妖精の呪いに対して別に配慮とかいらないから」

「でも」

「なるほど、軽度の妖精の呪いですね。私でも十分対処は可能です」

「おおい、話進めるなよ。私は」

「まず確認ですが。妖精の呪いは定期的に解呪のための通院が必要です。というより、呪いは完全な解呪を私達一族は推奨しておりません」

「あの、どういう事でしょうか」


 受付嬢さんが話を聞くと、オロガさんは一冊の本を机の上に置いた。


「これが私の先祖が残した妖精の呪いの解呪の全容を記した本です。正直解読をされないように幻惑魔法をかけており、一族の者でなければ普通は読めません。それ以外の者が読むには本妖精などの妖精に依頼するでもなければ読めないように細工をされているようでして」

「なら、俺は本妖精に読んでもらったのを伝言してもらえれば」

「うん、全員に伝えられると思う」

「本妖精と契約しているのですか」

「ああ」


 そこでオロガさんは何か思いふけっている。どうしたのだろうか。


「最近漸く契約出来た本妖精が新しい主を近くで見つけた、しかも相手からの契約依頼だからそっち行くなんて言って契約更新を破棄されましたが、もしかして」


 俺だろうなあ。違う可能性もあるが。


「まあ良いでしょう。私の話を正しく伝えてくれる妖精がいるのなら心強いです」


 そう言って、妖精の呪いの解呪を伝えてくれた。

 とはいっても、必要なのは本の通りに解呪の術式を施す事。そして所定の呪文をして完全に呪っている対象と呪われた対象の関係の失わせることである。


「これが、どうしたんです」

「怖いのは此処。関係を完全に失わせることです。それこそ、二度と思い出せないように記憶も完全に消去します」

「もしかして、呪われた記憶ごと消すのか」

 

 俺の質問に、オロガさんが頷く。


「その通りです。失敗した記憶を消すからこそ、もう一度、もう一度と同じ内容の失敗を繰り返します。それこそ、心身に支障をきたすレベルで」

「なるほどな、基本的に職業的に適性のある妖精としか契約しないから、複数同じ内容で知らないうちに呪われたとしたら」


 騙された。そう思うかもな。解呪したはずなのに、いつの間にか取り返しがつかないぐらいにまで


「だからこそ、私は今記憶までは完全に消さない方法を採用しています。まあ、そうなると呪った妖精とのいたちごっこで、相手が根負けするまでずっとこちらも解呪し続ける必要がありますが」


 思ったより複雑だった。


「それでも、解呪しますか。それこそ、あなたではなくそちらの女性の解呪ですが」

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