第15話 旅立ちの日

「五千万ゴールド、確かに確認したよ」

「ありがとうございます」


 あの騎士団長が呼び出されて……遠くに行ったはずなのにまた戻って来たらしいという信じられない話も聞いたが……こうして確かに目の前で自分の渡したお金に不備がないことを確認してくれた。


「さて、せっかく私は君を部下にできるチャンスだったのにそれがこうも簡単に水泡に帰すとは」

「……なんでそんなに俺を買っているんですか」

「何?」

「どうして俺の事をそんなに過大評価しているんですか」

「過大評価じゃない。むしろ過小評価さ。君は間違いなく証明された。私よりも妖精を従える者として優秀であると。正確には、若き日の私よりだが」


 そんなことを言われて俺は正直どう反応していいのか困惑する。ペスティだってなんて言えばいいのか分からないのかおろおろしている。


「最後に確認をしても良いかな。私の部下になるつもりは」

「しつこいですよ、無いです」

「だよね。分かった。もう諦めるよ。その代り、これを君に渡そう」


 そう言って、俺は一枚の封書を貰う。


「これは」

「王国のギルドへの推薦状さ」

「何⁉」

「それって……王国に引き抜くって事ですか」

「安心しなさい。ギルドの受付の担当者は勤続年数の長い人、特にギルドに来て日の浅い人は最初の人をそのまま宛がう決まりであるから、君も一緒さ」

「おおお、お待ちください。何故そこまでこの男に」


 ギルド長が何を考えているのか話に割って入って来る。それはまるで、俺がいなくなるのを何か嫌がっているかのような感じである。それを見て騎士団長は、はぁ……なんて息を吐いて呆れた後に、心底嫌そうな顔をしてこう吐き捨てた。


「君たちは契約無しに対して少しあたりが強くないかい」

「な、何をおっしゃるのか」

「彼は現状沢山の妖精の契約をしている。何を差別する必要が」

「しかし、事実として契約を出来なかったという事は、妖精と契約出来なかった時期があるならその者に問題が」

「私は一年間契約無しだった時期があるが?」

「は?」


 そのギルド長の馬鹿な⁉ みたいな顔は傑作だった。


「少なくとも、私は冒険者として生活していた時期に大量に妖精を判断ミスで殺したことがある。これは王国では周知の事実だ。だが、それから何としてでも死んでしまった妖精達に報いようと必死に生活した。泥水を浴びるような苦行にだって耐えた。その結果が今の自分だ。妖精達はこんな私でも見捨てなかった」

「……」

「君が見ているのは表面の『飾り』だ。妖精が見ているのは内側の『心』だ。それが分からないから君は選択を本質的に誤った。違うかい」

「……」


 そう言って、彼女は懐から一枚の紙きれを取り出すと俺に渡してくる。彼女の口づけと共に。


「あの、これは」

「私の連絡先だ。王国に着いたら連絡をしてくれたまえ」


 そこには9桁の数字。そして『ベルモット・ベガンティア』の名前がある。口紅のキスマークと共に。


「よこしなさい! それ破いてみせるから!」

「止めろ⁉ 何考えているんだペスティ!」

「私にはあいつの考えていることの方がやばいわよ!」

「何だよそれ⁉ 何があったんだよ⁉」


『私はまだ諦めたつもりはないよ。部下ではなく、恋のパートナーとして。伝えておいてくれ』


「五月蠅い! 馬鹿! 馬鹿!」


 伝言妖精に伝えるように言われたその言葉は、彼に伝わることは無く握りつぶされた。




「てことは何、王国にじゃあこれから行くのか?」

「ああ、そうなるな」


 ペナンシェに事情を話して、俺達はどうするべきか相談をしていた。


「今からだと結構大変だぞ」

「というと」

「まず、王国に行く馬車はどんなに最短でも二ヶ月待たないといけない。待つぐらいなら徒歩で行った方が明らかに到着は早い」

「ああ」

「だが、当然その道中には迷宮外に出て野生化した魔物がいる。迷宮に巣くう魔物よりは弱いが、それでも村が襲われればそれなりの被害が出る程度には強い」

「お前らそんなのと戦っていたのか……」


 今更ながら妖精に確認を取ると、ペスティが教えてくれる。


「誠のおかげで弱い迷宮の魔物位なら恐れるに足りず、って感じだから普通に野生化した魔物なら何とかなる、だって」


 それはまた心強い。


「後は普通に荷物だよな。それなりに長旅だからしっかりとした靴とか鞄とか用意しないといけないし」

「工芸妖精や物つくり妖精が張り切っているわよ。紐妖精や針妖精と協力して鞄も靴も作るって」

「……じゃあ食事はどうしようか。結構長旅だし、保存食もそれなりに必要だぞ」

「魚妖精やおにぎり妖精、野菜妖精に牛妖精や蜂蜜妖精も用意できるって」

「武器や防具はどうする。全てを妖精に任せて何もしないは旅では通用しない」

「そんなの、あんたが作りなさいよ。火妖精も鎧妖精もいるから、あと染め色妖精だって頑張れるって言っているわよ」


「もしかしなくてもお前ってかなり常識外な奴?」

「ははは……」


 俺はその言葉に空笑いで返すのだった。

 ともかく、それから俺達は必要な物品を買いに行ったり、作業を手伝ったり大忙しだった。




「それでは、一緒に行きましょうか」

「まさか受付の奴もついて来るとはな」

「まあその分の食事も持ってきているし、足りない分は妖精達に用意してもらって頑張ろう」


 受付嬢、自分、そしてペナンシェが今までお世話になった村の入り口に集まっていた。待ちに待った村を出て王国に向かう日である。


「見送りは、一人もいないのか」

「ごめんなさい、ギルドの人には今日出発しますとは伝えていたのですが」

「仕方ないよ、契約無しがいるんだから」

「俺だって元契約無しさ」

「もう、そう言うのは後に」

「待って、何か配達される」


 そうペスティが言うと、何かを持った配達用の妖精がやって来る。そして、俺達にそれを渡してどっかに行ってしまう。当然物だけは見えているが妖精の姿が見えないため何を渡されているのか知りえない。


「なあ、何だと思う」

「ふふ、何でしょうね」

「何だよペスティ、知っているのか」

「まあ良い物よ」


 そう言われたため、俺は中を見る。そこには、五十ゴールドの金貨が入っている。


「これは」

「ふふ、ギルド長ですね。さては」

「え」

「勇者になぞらえたおまじないだよ。始まりの旅の者に祝福を伝えるための」

「旅立ちにはそれだけあれば十分。後は力ある人が自力で開拓できるってエールよ」

「そうか」


 ギルド長も案外洒落た事をするな、あれだけ俺の事を良く思ってはいなさそうだったのに。


「行くか」

「おう」

「はい」

「おー」


 ポケットにゴールドをしまって、俺達の旅が始まった。


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