第4話 大乱世界

「何時になったら始まるのだ!」


 魔王はそう言って、泣き言を言いながら部屋からの脱走を図る。


「逃げられる訳ないでしょう。今のあんたと俺の実力差は明確。それに、魔王軍復興のために今お前が頑張らないでも自然に魔王軍は復興する状態か」

「グッ」

「嫌なら今からでも俺は魔王軍を降りても良いんだ。その代り、俺は此処に魔王がいるという情報を王国以外のどこかに売って、そこでまた研究職として働くだけさ」

「……勉強をお願いいたします」


 魔王は不承不承と言った様子だが椅子に戻って座学を始める。


「という訳で、今の所世界の運営における基本的なゲームとしての進め方まで教えた。そして役職の意味も教えた。何か質問は」

「何故こんなことを覚えないといけない」


 そう来たか。


「力があればこんな小難しい事を覚えなくたっていいではないか。魔王軍を作るのになんで小難しいことを」

「それは言ってはいけない事だと思うぞ」

「どうしてだ」

「あんたの父親は死ぬ間際まであんたの事を考えて戦っていたぞ」

「我の事をだと?」


 その時彼女は嫌そうな顔をした。


「魔界の者にとって親など迷惑なだけだ。必死に日々生きるだけで大変な魔界族にとっては今を生きるための力を得ることが一番重要だ。子供は生まれた傍からいつ死ぬか分からない魔界で生まれたのだからな」

「だから知恵が必要なんだろう」

「何」


 俺達はこの時、明確に違う事を考えている。そう思った。


「確かにね、短期目標として今を生きる力が必要なのは同感だ。俺だって今この状況でどうやって生き延びるのか。それを考えている」

「何の話だ」

「そのために何をするべきか。力は正直魔王様なら間違いなく一番強くなれるだろう。でもそれは何時の話だ? 何年かかる話? しかもその間に俺みたいに直ぐ近くまで迷って来てしまう奴が現れたらどうする? 仲間を見捨てるのか。何時まで? 見捨てる仲間だって何時までも無限に」

「五月蠅い五月蠅い五月蠅い! そんな事を考えることに意味が!」

「逃げるな! あんたが直面した現実から! 親父の思いを否定するのか!」

「あんな私を置いて勝手に死んでしまう様な物など父親ではない!」


 魔王は今度こそ部屋を飛び出して行ってしまう。




「何なのだあいつは! 魔王に向かって無礼な!」


 そう言って私は扉を開けた。


「あいつに力の強さを見せるんだ!」


 私は意気揚々と「人間の村を襲う」事にした。これがどれほど短慮な事だったかは後に知った。

 先ずそもそも、魔界と地階という物の違いを理解していなかった。

 魔界は世界を作る際の不純物で出来た醜い世界。だからこそそれに耐えるように体が常に汚い魔素に耐えるように魔法を使い続けている。

 一方で地階は奇麗なものというにはまだ何とも言えないが、それでも普通に生きるだけなら魔法なんかで汚い魔素に耐える必要などない世界だ。

 そんな場所に護衛も付けないで一人で歩けばどうなるか。


「ち、てこずらせやがって」

「この間のお尋ね者を逃がした時は痛かったが、魔物を捕まえたらな少しは金になるな」

「とりあえずまた連絡するか」


 あっさり捕まった。手錠をかけられて、動きを封じられた。しかも名前も知らないような、魔物たちが常日頃から大きくなったら何人人を殺すんだという時に出てくるような「弱い」人間に。

「そんな」


 私ってそんなに弱かったのか。私って本当に大切に守られているだけだったんだ。そんな私を、お父さんは……。


「どうして守ってくれたの」


 分からなくなった思いが重なる。そしてそのまま、意識を手放した。


「何寝ているんだ。逃げるぞ」

「! お前! 賢者!」

 あれからどれほど経ったのか。突然牢屋代わりの家畜小屋に男が入っていた。というより近くまで来ていたことに今気が付いた。しかもその相手は。


「し、静かにしろ。俺だって今はこの地階だと無駄な魔法を体が使い続けている状態なんだ」

「どうして、助けに」

「これ」

 そう言って、男はとある大切なものを私に渡してきた。奪われたと思っていた、もう私にとっては手に入ると思っていなかったその。


「オグルミオの……我が魔王一族の……王冠」

「魔王が最後まで守り続けた、そして最後に俺に託してきた道具だよ。これ、魔王城の玉座に座るために必要な道具だろう」

「どうして……」

「魔王として他の魔王の討伐に利用されるリスクを許容してでも、それによってあいつの魔王一族としての誇りを売り渡すことになってでも……最後まであんたを生かすために利用価値があるから使えって言っていたよ。それに、あいつは最後にこう言った」


 あいつは強い魔王だ。だからこそ私が死んでも、王冠を奪われようとも、あいつが死ななければオグルミオの血筋は、野望は、途絶えることは無いと。


「それだけの期待をされて、ここでこんなしょうもない理由で夢途絶えさせるのかよ」

「ぐあぁ、ああ、お父さん、お父さん」

 泣き出しちゃった。これは時間の問題か。そう思うが、俺は手錠を外して彼女を開放した。

「行くぞ」

「うん、うん」

 そうして、俺達は村人にばれる前に村を後にした。




「戻ってこられましたか」

「結局渡したんだ。王冠」

「返還した、その方が俺にはしっくりくるな。魔王だろうが何だろうが、あそこまで敬意をもって殺した奴が託した道具だぞ。他の奴は壊せとか言っていたが、壊すことは少なくとも俺には出来なかったな」


 ガベテナとアナーがそんなことを言ってくる。どうやら王冠の話がすぐに出てくるあたり、王冠を持っていたことに気が付いていなかったのは私だけのようだ。


「さて、王冠を還したからこそこれからが大変だぞ」

「これから」


 当然この場所には沢山の魔物がいる。今までは仲間のように振舞って来ていた魔物が。しかしそいつらだって……今の魔王が弱い事を知っている。


「俺が次の魔王だ」

「いーや私よ!」

「王冠さえ奪えば!」


 そう言って襲ってくる。それを俺は払いのける。


「弱いな。どいつもこいつも」

 そう言って賢者は、軽く杖を何処からともなく取り出して振る。たったそれだけで、巨大な炎が、光が、氷が、襲ってきた魔界族を打ち倒す。

「これが、賢者の力」

「正確には杖の力だけれどね。杖自体が強力な魔法を振るだけで再現するように作られているから」

「しかし、よろしくない状況になりましたな」


 ガベテナはそう言って、目の前の様子を見る。


「先日話していたゴブリンの研究員の話。今こうして魔王様に反旗を翻す様な不届き者がいた事を知れたととらえればよかったですが」

「まさかこんなに魔王の王冠狙いで近づいていただけの奴がいたなんてね」


 そう、仲間は今や敵に変わった。一緒に生き延びたい奴ではなくなった。魔王軍は、さらに弱体化した。


「二十八人」

「え?」

「世界の運営の格言には、運営組織を動かすための組み合わせを作る他に特別な意味を持つ言葉がもう一つあるんだ」


 二十八枚の強者を自在に操れるようになりなさい。さすれば支配者として君臨できるだろう。


「支配者」

「ああ、大体何処の支配者もこの二十八人の強者を並べて自分達はこんなに強いですよと言う様にしている。それだけの人材をたった一人で抱えていることも凄いし、さらにそれぞれが名のある者たちなら」

「支配者が力を持っていなくても守ってくれる」

「まあな、だからまずは最低でも二十八人の強者を募ることから始めよう」

「でも、どうするんだ」


 魔王が話を聞いてくる。だから俺は答える。


「まず、正直ここまで軍隊どころか小隊としても弱いとなると、出来れば初手から役満と呼ばれるものを狙って人材を集めるしかない」

「役満?」

「どんな種族でも共通で強くなる。しかもその二十八人が集まるだけで強力である組み合わせだ」

「おお!」

「魔界は正直地階と同じで人材は大量にいる。しかも、魔王にさえ戦いを気軽に挑もうとするその暴力性。そして力さえあれば気軽に従える事の出来るやりやすさ。それを加味すれば単純にこの組み合わせがやはり良いだろう」


 役満の……大乱世界。

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