第27話 アレイン襲来

 その日は久しぶりに仕事が一通り『片付いていない』日だったために、朝から海良は忙しそうにしていた。

「チェーンソーに必要な素材が沢山必要です。予算の請求をいたします」

「子供たちの遊び場も開拓が始まりそうなことで子供たちの不安と不満があるようです。分かっていたとはいえ早く対策をお願いいたします」

「予算が全然足りひんな。もう少し何か具体的に集客力に繋がるような何かが欲しいな」

 そんな感じでその日は朝から詰め寄られていた。

「うーん、正直村の人たちも頑張ってはくれるんだがどうしても予算が足りないんだよな」

「村の大きな収入源はもともとヌムートの毛織物なんかだった。それで十分回るようにベリメが頑張ってくれていたのが突然王族の支援に頼ればいくらでも簡単に作れるとは言っても『勇者の育成施設を勇者が作る』のにこそ意味があると考えるとどうしても大変だな」

 そう言ってテノサは全てを分かった風に話しかけてくる。俺はその様子にげんなりとしながら答えた。

「頼むよ何とかしてくれ」

「無理だ。頑張ってくれ」

 そんな風に掛け合いをしながら話していた時だ。

「ボス! 大変だ!」

「なんだよ」

 最近一大事の連絡役と化した最速の足をもつナエシエが飛び込んでくる。

「一体どうしたってんだ」

「魔族が、魔族が攻めて来た!」

「魔族ならミルミがいるだろう」

「違う! 全く違う魔族だ!」

「ははは! 男だというのに弱いのう、弱いのう。恥ずかしくてもう生きていけんわい」

「おい! 何をしている」

 上の様な何か挑発をしているような声が聞こえてきたためその方向に向かうと、森の開拓地の中に一人の少女が武器を構えて立っていた。

 少女の体躯は赤い肌に昔の日本の様な服装を彷彿とさせる和装(この辺は正直本当に正しいのか分からないため、以後も統一こそするけれど信頼はしないでいて欲しい)に身を包んで、刀を抱えて笑っている。

 何より異常なのはその見た目。顔の頬にまで鱗の様な物が見えていて、そして腕からは何か炎の様な物が燃えているのが見えている。

「何かドラゴンみたいな魔族だね」

「ドラゴン」

「うん、伝説になっているような生物。巨大な体に翼があって鋭い爪や角があって、炎を吐きながら他の生き物たちの頂点に立つような存在」

 そんなろくでもないような何かがこの世界にはやっぱりいるのかよ。そう正直嫌な気持ちになるのだが、それよりも気になったのは「そんな存在に目の前の少女を例えたミルミ」の考えだ。

「どうしてそう思ったんだ」

「まああの固い鱗みたいなものはいくら魔族でも持っている人は滅多にいないしね」

「なるほどね」

「おい! いつになったら『海良』と奴は来るんだ」

「……」

「お呼びみたいよ」

「……」

「おーい! 連れて来たわよ!」

「お前馬鹿!」

「おお! 来たか!」

 そこで、ミルミが大きな声で俺の存在を伝えると少女は嬉しそうに俺を見てくる。そして、村の男たち(開拓のための労働者たち)が駆け寄ってきて話し出す。

「助けてくれ! あんな奴俺達が束になったって歯がたたねえ」

「何だよあの化け物!」

「化け物じゃない! 私は由緒正しきアレイン・ゲメデルシテだ」

 そんな風に名乗って来るのだが、俺は正直この後の展開の予想がついていただけに嫌になっていた。そして、アレインが話し出す。

「よし、海良よ。いざ尋常に勝負じゃ」

 ふざけんなよお前。この間もミルミ相手に超苦労したのにまた魔族と勝負しないといけないのかよ。

「どうした、勝負を仕掛けられて逃げ出す様な腰抜けだったか?」

 やってやろうじゃねえかこの野郎! なんてなる訳ないだろう。冷静に考えてこの勝負で俺に何のメリットがある。正直メリットの無い勝負程やる気力のない物はない。なのにデメリットはきっと「工事がこの少女が居座る間ずっと止まる」ことだ。

「はぁ」

 そう言って、俺は少女の対面に向かうと勝負を何時でも出来るようにする。

「ふふふ、お前は魔法使いか。しかし杖を持たないとは変な魔法使いだのう」

「……」

「まあよい、武器を持たぬ相手に負けるようなことは無い」

 いざ、尋常に勝負。

「『無効化』」

「でやああああ!」

 何か相手も魔法を使っていたのか知らないが、少なくとも俺がその魔法を使った瞬間彼女は周囲の人が見ても遅い様な速度で走っていた。

「でやあああああああ!」

「ふん」

 そして、刀が振り下ろされる瞬間に海良は刀を手刀で弾いて少女の腰に腕を巻き付かせる。そしてその勢いのまま体の大きさの差も利用して押し倒す。

「お、お主何を!」

「『衝撃』『衝撃』『衝撃』」

「ぐはっ」

 そこで俺は何度も攻撃を相手に食らわせる。すると、少女は息苦しそうにしている様子が見て取れた。

「今回はこの辺で許すが、次はもっと……」

 そこでだ、相手に釘をさすように喋っていたところ少女は起き上がりだす。だが、地面に足をいわゆる女の子座りの状態で起き上がると。

「びえええええええええええええええ!」

 泣き始めるのだった。

「よしよし、大丈夫」

「……大丈夫じゃ」

 少女は村の村長の家に通されて一旦話を聞くことになった。パムラがアッシュルモガリカ(ごく細の麺を油で揚げたお菓子のよう)を出して少女を慰めていた。

「ほら、ヌムートの乳もあるから。これと一緒に食べると美味しいよ」

「私のご飯」

「我慢してくれ」

 ミルミがご飯を少し融通させられたことで不満を述べているが、俺達は気にしないでいた。だが、そこで少女は何か腰布から取り出すとそれをミルクの中に投げ入れ始めた。

「何やそれ」

「蜂の巣。甘いから好きなのじゃ」

 そう言って砕いた蜂の巣(あれって食べられるの?)を乳やアッシュルモガリカと混ぜて食べ始めていた。

「美味しそうです」

 マニュエチがそんなことを呟いていたが、専ら俺達の興味はそんなところには無かった。

「お前、何を死にここに来た」

「何じゃ」

 不貞腐れた様子で彼女は蜂の巣や乳を食べているが、それでも話は聞いていたようである。俺の方に耳を傾けるとこう言いだした。

「旅の者に目的を聞くのか」

「お前旅をしていたのか」

「ああ、そもそも定住すること自体が本来は気に食わんからのう」

 そう言っている。定住することが気に食わない、何で突然その話が。

「ねえあんた、ここに定住しようとか考えていないわよね」

 ……はぁ⁉

「ミルミ! それどういう事!」

「ドラゴンの習性その物じゃない。どこかに都合の良い住処や定住場所を作りだす。もしくは見つけることが出来たらそこに住みつこうとする」

「んな⁉」

「まあ、ドラゴンと似ているように見えるだけの亜人も同じなのかは私には理解できないけれど、少なくとも何か意味はあるんじゃないかしら」

 そんなことを言い出すため、俺は恐る恐る確認を取った。

「お前、ここに住みたいのか」

「ん、まあそうじゃな」

「そうじゃなって、どうして」

「正直わらわは強い者の傍に控えることを目標としていた。信じるに値するだけの、強さと叡智と信頼、そう言った才能を持つ者の傍で剣と成り果てることを夢見ていた」

「……」

「だが、中々そんな私のお眼鏡にかなう奴はいなかった。しかし、なんか強い者がいるような、それも複数あるような気配がしてのう。試しにと試合をしていたわけじゃよ」

「どうして、そんなことを」

「決まっておろう。弱い物と群れるのなどわらわは許さん。絶対に強い者と群れないと定住も決めないと思っていたのじゃ。だから勝負をした。それだけじゃ」

「それだけって、じゃあお前は」

「ああ、勝負にも負けた。泣き顔を見せるような恥も見せた」

 あそこで泣き出したのはお前の勝手なんじゃないのか? そう思ったが口には出さないでおいた。そんな状況でも彼女は話す。

「だからお前、私をここに住まわせてくれ。そしてわらわを仕えさせてくれ」

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