第26話 帝国の夜襲
「ぐわあ!」
「うちは確かに見積もりが甘かった、認識も甘かったし情報も売った。その分はきっちり清算させてもらうで」
ある暗殺者は静かにそう言った。森の中で虐殺の限りを尽くすそれは、まさしく『解読中』の一族に生まれた少女そのものだったという。
「何故だ! 何故倒せない!」
「村から! 帰りなさーい!」
「うわあああ!」
村娘は倒していた。青色の鎧に身を包み、ハンマーを振り回して帝国の屈強な兵士たちを倒していた。それはまさに村娘などではなく一線級の兵士そのものであった。
「ま、待て、俺達はまだ何も」
「慈悲などありません。守るべき住処を既に私は追われた身。その分は別に今更要求しないだけ温情だとは思いませんか」
守護獣の少女は静かにそう語った。何も出来なかった自分を悔いることもなく、嘆くこともなく、唯淡々と目の前の仕事をこなすだけだった。まさしくそれは作られた生命体そのものとしてのありようであった。
「あはは! 弱いぞ弱いぞ! ボスに比べたらこんな奴ら全然弱いぞ!」
獣の少女は咆哮した。蹂躙した。帝国兵を次から次に倒しては戦力として無力化していった。その後には何も残らない。声の一つさえ残ることは無く戦闘が終わっていく。
「あらら、四人だけで帝国兵と渡り合えるなんて、予想より帝国兵の送られてきた兵士たちの練度が低いのか、それとも私達が強いのかどちらでしょうね」
「三人じゃなくって『解読中』の奴らもいるね」
「あれはベリメさんの仲間じゃないですかね。まあどちらにしても関係ありませんか」
「あの、私達戦わなくっていいんですか」
「私たちは待つのみです。大丈夫」
メルビー、エティエト、イワミミ、マニュエチ、アラエは遠くから様子見をしていた。これから起こる出来事に対して予見をしていたかのように遠くからただ静かにその様子を見ているのだった。
「お待たせ、大丈夫か」
「おーおー、凄いね。まさかこれだけの戦力になるなんて。勇者ってやっぱりすごいね」
「どういうことだ、帝国は……」
「本当に知らないんだな」
海良が到着して、ミルミが遠くから様子を見て感心して、一方でパムラの父親は何故こんなにも押し返されているのか理解できていなくって、そこでワシュプトは呆れたように話し出す。この場にやって来た
「勇者には根本的に素質があるんだ。仲間にした者の数だけ強くなる。関係を持った人達の数だけ強くなる。そんな力がな」
「馬鹿な、それでは世界中に」
「そう、本来は勇者だらけになる。当たり前だ、大なり小なり人間は関係を持つことで生活しているからな。だけれど、普通に生活しているだけなら勇者にはなれない。だからこそ世界中で勇者は重宝される。関係を持った人の数だけ強くなる勇者は。だから帝国は隠そう、潰そうとする。その秘密をばれないようにするから」
「お前、それは言っていいのか」
「王国だって知っているだろう。だからこの計画を進めているんじゃないか」
「だと思うな、ミルミちゃんも」
唾棄しつつも一定のラインでは認めている口ぶりでワシュプトは語る。ミルミもそれに続く。
「ふざけるなよ」
そこで、一人の男が現れる。そちらの方に向くと、そこには一人の男が立っている。何時かの時、ベリメとトプシュワに村人を見捨てるか勇者の情報を売るか、二者択一を迫ったあの男だ。
「何故だ、何故こうも負ける」
「当たり前だ」
そこで勇者は語った。
「俺達は全員で一つだ。俺一人だけに勝てるように戦力を整えたのかもしれない。だが実際どうだ。負けているのは『俺以外』じゃないか」
「お前!!」
「対策をしなかった奴に負ける。負けとして十分じゃないか」
「お前! しかしこの装置があれば!」
そこで、男が何かを取り出して何かをしようとする。だが……。
「何故だ、何故何も起きない」
「私がいないことに気が付かないかい?」
「お前は!」
「テノサ・ミドリエだ。まあ私もまさかこんな力が使えるようになるなんて思わなかったがね。使えるのなら使わさしてもらっただけだ」
「使うって、何をだ」
「何って、勿論『魔法の禁止魔法』さ。装置の魔法も禁止にできる。しかも禁止対象も自由に選べる。これを使えるようになったと言われた時から私は隠れていたんだ、いざという時まで使わないでいられるように。だまし討ち上等さ、文句は言わせないよ。何せ、夜襲を仕掛けたのはそちらが先だからな」
「き、き、きさ……」
誰が聞いたか。それは分からない、だが、誰かは声を出していたという。そして、静かに男は息を引き取っていた。まるで何かに魂を抜かれるように。そして、静かに戦いは終わりを迎えるのだった。
「ありがとう、お父さんを許してくれて」
後にある男の娘でもあるパムラは勇者にそう感謝したという。父の蛮行を止めてくれたこと、許したこと。そして父をそのまま働かしてくれたこと。
「お前ら! きりきり働け!」
「親父、前まで働かなくっても良いみたいな感じだったのに突然どうして」
「良いから働け!」
その父親は勇者への考えを改めて、精を出し働いたという。その様子はたった一夜の間に人が変わったようだと一緒に働いていた村の労働者たちは証言をしたという。
しかし、変わりすぎたと証言した人もいる
「だからよ! あの男は本当にすごい奴で……」
「あんた一体何度その話をするんだい」
「こりもしないでよくそう何度も話せるよ」
「何があったんだか」
多くの者に耳が痛くなるほどに語ったという。彼は帝国の兵士にも勝る最強の勇者であると。そして連日飲み明かしては誰かにその話を聞かして呆れ果てられていたという。
「パパ! 何しているの!」
「パムラ! これはその」
「いい加減飲み歩くにしてももっと村の人を思って動いてよ! 私の方が恥ずかしいじゃない!」
「いや、これはお前の旦那の武勇伝をだな」
「まだ私結婚していないのですけど! パパの方が私より気が早くなってどうするのさ!」
そんな風に娘に怒られるのもある種の風物詩になったという。
「ほう、面白い村じゃな」
そんな様子を遠くから見る怪しい影。それが闇の中に赤い体を隠しながら近づいているなんて誰も気が付かぬまま。
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