第26話 戦争前の不安2

「別に我が雨林はロリアン王国からは離れている以上今回の事件で別に困ることはない。しかし、国民感情として既に百人単位で死者を出した事件として扱われているのだろう?」

 レヴィーラの言葉に、官僚たちが俯く。異世界に来ても、昔の世界の常識が通用すると思っていた最中のこの出来事は、顔に冷水を当てられたように目を覚まさせる事件となった。親善交流を暴動、いや、侵略行為で中断させられた。これは途轍もない禍根となるだろう。

「大丈夫なのか? 自衛隊とやらを動かすために、殺人罪の適用範囲を考えるだの、海外派遣を決めるための条項を見直すだのそんな時間はあるのか?」

「早急に決めようと」

「それが何時だと聞いておる。我が雨林が攻められるまで後一か月程度だとみておる。それまでに決めてもらえないと我が自分で出向かなければならなくなる。その時には頼み込んだのに返答をはぐらかしたお主らに報復も辞さない構えじゃが」

「ご安心ください」

 そこで、笠松奥儀が口を開いた。

「自衛隊は確かに動かすのに時間がかかります。三週間で派遣のために条項を直し国会で採決させても、その後に実際にロリアン王国に派遣している際に間に合わない可能性さえあります」

「だったら」

「ですが、あくまで人員輸送だけなら今の憲法、法律でも十分可能です」

「人員じゃと? 誰を送るのじゃ」

「……」

「という訳で、俺達天下原学園生徒が自衛隊と共に派遣されることになりました」

 俺が兄貴から聞いた連絡内容を、同級生たちに伝えた。

「それって、俺達が戦争に行くって事?」

「ふざけんな! 俺の手は魚握るためにあるんだ! 誰が血の付いた手で食い物食べるかってんだ!」

 当然の反発に、俺は黙るしか出来なかった。

「はあ、先が見えない奴はお気楽でいいな」

「あ⁉」

「もし、本当に倭国が属国になったらお寿司も握れないどころか、機械いじりも、釣りも、環境保全活動も、何も好きに出来なくなるんですよ?」

 宇治院と榛葉、陰陽師とシャーマンの言葉に多くの人が考える。

「だけどよ」

「俺は唯の釣り人だぜ」

「人を殺すなんて……」

 誰もが躊躇した。そんな時だ。

「私は行くよ」

 一宮神楽が立ち上がりそう言った。

「あれれ?」

「意外だな、如何にも荒事が苦手そうなお前が最初に手を挙げるとはな」

 榛葉や宇治院が驚きの声を上げると、一宮が喋りだす。

「それはあんなことを言われたら嫌でも覚悟決まるよ」

「あんなことってなんだ?」

「チームを解散するから発表する覚悟を決めてって」

「え?」

「ふーふー、みつはぴ、しんしん、いっちゃん、むーむん、しっちぃ、大切な仲間だったんだよ。だけどさ、皆いつまでも起きる目途が無いからグループ解散の方向で行くって言われて、もう私のいる場所無くなっちゃったんだよ!」

「神楽……」

「だからさ、私もう止まれないの。皆を傷つけた人たちが許せないの」

「でもまだ戻れると思うけど?」

「落合君」

「俺や猿渡はそもそも才能が人殺しに向いていた才能だから、今更人を殺すように言われても『またか』程度で済む。でも一宮は人殺しなんかしたことないでしょ。一人でも殺したら一生その枷を背負うことになる。だから考えた方が良いと思う」

「でも」

「やりようはいくらでもある」

「後藤」

 そこで、自衛官の後藤が話をする。

「私達も派遣されることが決まったけれど、あくまでも前線で戦えということが決まった訳じゃないわ。それこそ、声が遠くまで響かせることを得意とするあなただからこそ出来る役割がある。それに注力してもらう」

「あの? ちょっといいでしょうか?」

「何かしら」

 そこで、榛葉が手を挙げる。

「猿渡君と、鳴滝君は私の方に来て欲しいのです」

「何かしら、今回の戦争で戦力を分ける予定はないのだけれど」

「でも、精霊さんが……」

 そして、それから数日後。

「始まっちゃうね」

「ああ」

 戦争が始まろうとしていた。

桑鷹三好の遊び場

小説を書くのが好きな男が好き勝手に小説を書いたり色々な事を想像したりするサイトです。 基本的に良識のある対応を出来る人なら誰でも歓迎です。

0コメント

  • 1000 / 1000